在日ウイグル人をスパイ勧誘する中国情報機関の「手口」
中国最大のSNSをスパイ勧誘に利用
もう1つはメッセージのやり取りに、中国最大のSNSアプリWeChatが使われていたことだ。中国で15 年に制定された反テロ法は、当局のテロ対策や調査への協力として、プロバイダー事業者などに通信に施す暗号の提供などを義務付けている。ハリマットはWeChat経由で自分の個人情報が国家安全局にわたっていると確信している。「以前日本でデモをした直後に、何も知らないはずの新疆の家族が『こっちの迷惑も考えろ』と怒って連絡してきたことがあった」。
ハリマットは自分のWeChatのアカウントとアプリを削除したが、万が一の新疆との連絡のために、妻のアカウントは残しておいた。すると異変が起きた。国家公安局の男とのWeChatでの対話の映像を複数の日本のテレビ局に提供し、それが放映された直後、これまでかろうじて連絡を取り合ってきた妻の妹や友人たちが突然、妻のアカウントをブロックし始めたのだ。「国家安全局は着信履歴から妻の人間関係を割り出して情報収集のために接触したんだろう。だからみんな怖くなったんだ」と、ハリマットは言う。
今月6日、トランプ米大統領はWeChatがアメリカ人の個人情報を中国に渡し、安全保障上の脅威になるとの理由で、運営会社の騰訊(テンセント)との取引を禁止する大統領令に署名した。そして実際にWeChatは中国政府が国外のウイグル人の情報を収集し監視するのに、極めて効果的に利用されている。
日本ウイグル協会副会長のアフメットは、中国政府のスパイ勧誘の狙いは情報収集だけではないと考えている。「重要なのはスパイが日本にもいるということを教えること。そうすれば身近な人間に対し疑心暗鬼になる。ウイグル人社会を相互不信で分断し、政治活動に参加させないようにしたいんだろう」。
「日本政府は在日ウイグル人を保護する手立てを考えてほしい」と、同協会のハリマットは訴える。「このままでは日本国内に何百人もパスポートを持たないウイグル人が出てきてしまう。日本国籍取得の条件で、新疆から書類を取り寄せなくてもよいような特例をウイグル人に適用してくれないだろうか」。
英ガーディアン紙によれば、現在イギリスでは中国から逃れようとするウイグル人に自動的に難民認定をするよう超党派の議員が建議している。しかし、これまでのところ日本にそうした動きは見えない。
冒頭で紹介した日本語が流ちょうな元スパイ、カーディルは当初、東京出張中に日本に亡命することを考えた。その過程で日本政府がほとんど政治難民を受け付けないことを知り、紆余曲折の末、亡命先にトルコを選んだ。しかし、ここ数年国際的孤立を深めるトルコの中国への急接近に不安を感じ、一昨年船でエーゲ海を渡り、ギリシャに逃げた。
ギリシャ当局はこれまでの経緯を聞き取ると、すぐに難民パスポートを発給してくれたという。カーディルは現在、アテネに住む。久しぶりに国際電話で話した彼の声は明るかった。
「そのうち日本に行きますよ。でもスパイとしてではなく、観光にね」
(筆者は匿名のジャーナリスト)
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