最新記事

中国

在日ウイグル人をスパイ勧誘する中国情報機関の「手口」

2020年8月14日(金)18時00分

パスポート更新をエサにスパイ勧誘

uighur_list200814.jpg

流出した「カラカシュ・リスト」。ウイグル人の個人情報が詳細に書かれている Newsweek Japan


東京都内に住むアフメット・レテプの父親と弟を含む親類12人は17年、中国側が職業訓練センターと呼ぶ収容所に送られた。これをきっかけに、アフメットはウイグル人の人権擁護を求める日本ウイグル協会の副会長として活動している。そんな彼のスマートフォンに18年3月、突然新疆から動画が送られてきた。映っていたのは収容所にいるはずの父親だった。

「私はいま役場で勉強をしている」。伸ばしていたあごひげがそられ、目に光のない父親は息子に語り掛けてきた。「お前が積極的に中国の利益を最優先して協力すれば、私も安心できる」。さらに故郷の町の国家安全局を名乗る男から音声メッセージも送られてきた。「日本のウイグル人組織について情報を送れ。そうすれば家族の問題は解決される」。

アフメットは涙を溜めながらこう言った。「父親はこの動画の撮影を強要されたと思う。家族を人質に取るなんて。まるでテロリストだ」。

在日ウイグル人にとって、故郷に残る家族と並ぶもう1つの弱みがパスポートの更新だ。彼らの9割は依然として中国のパスポートを持つが、遅かれ早かれ有効期限が切れる。本来なら中国の在外公館で1週間ぐらいで更新できるが、大量拘束と収容が本格化した3年前からウイグル人に対して更新を拒否し、中国で申請するよう伝えるケースが多発している。一度帰国すれば、彼らが日本に戻って来られる保証はない。

アフメットと同じく日本ウイグル協会の幹事を務めているハリマット・ローズのもとにも今年5月、しばらく連絡を取っていなかった故郷の兄からビデオ通話がかかってきた。落ち着かない兄の様子にハリマットは異変を感じ、もう1台の携帯電話で会話を録画した。

その映像を見ると、画面に突然青いナイキのTシャツを着た男が現れる。兄の説明では男は地元の国家安全局から来たといい、しきりに「あなたの友達になりたい」「祖国に貢献してほしい」と、機嫌を取るような発言を繰り返す。

しかし男の隣に座った兄は冷たくこう言い放った。「国家安全局が東京の大使館に手を回した。お前と家族のパスポートの更新は止められている」。 ハリマットは日本国籍の取得を検討していたが、それを知る兄は追い打ちをかけるようにこう言った。「日本国籍を取りたくても、彼らの手助けがないと書類が手に入らないぞ」。

帰化申請に必要な出生や婚姻証明などの書類の新疆の役所での発行も差し止める、と言っているのだ。 ハリマットはこう懸念する。「いま日本にいるウイグル人の悩みはパスポートの更新と日本への帰化。これをエサにスパイに勧誘すれば、応じてしまう人が出てくるかもしれない」。

スパイを強要された2人の話を聞くと、2つの共通点があることがわかる。1つはどちらも接触してきた国家公安局の所属は、日本にある中国の在外公館や北京ではなく、彼らの出身地である新疆の町だったことだ。

これを説明できる資料が去年末に中国内部から流出している。文書を精査したドイツの研究者エイドリアン・ゼンツが名付けた「カラカシュ・リスト」だ。

「カラカシュ・リスト」は新疆ウイグル自治区ホータン地区にあるカラカシュ県(墨玉県)の一部地区に住むウイグル人の名前がリストアップされ、個人情報が付け加えられたものだ。 親族に海外在住者がいるか、あるいは現在施設に収容されている人物がいるかが一目でわかる。

流出したものは一部だが、仮に全体が新疆全土のウイグル人を網羅しているなら、国家安全局員は自分の管轄区域内に住んでいる世帯の中から、海外に住む家族がいる者を容易に見つけ出すことができる。あとはその家を訪問し、家族と一緒に海外にSNSで連絡を取れば、スパイ勧誘ができる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中