最新記事

中国

在日ウイグル人をスパイ勧誘する中国情報機関の「手口」

2020年8月14日(金)18時00分

ハリマットの兄とのビデオ通話に突然現れた青Tシャツの国家安全局の男(筆者提供)

<「収容所」で少数民族の大量拘束が続く新疆ウイグル自治区。中国の情報機関は現地の親族を人質に取って、日本のウイグル人たちに「スパイになれ」とささやいている>

今から5年前、トルコ・イスタンブールにあるビジネスホテルの一室で筆者は1人のウイグル人と対面していた。

30代の小柄で温厚そうな男性、カーディルは日本語を流ちょうに操る。故郷の中国・新疆ウイグル自治区で日本人相手の観光ガイド時代に覚えたという。中国からトルコに亡命するまでの波乱万丈の人生についてひとしきり語ると、彼は意を決したように自分の携帯電話を見せてきた。そこに残された一通の中国語のショートメッセージには、ある日本人の名前があった。日本のウイグル問題専門家である水谷尚子(現・明治大学准教授)だ。

「この人との会話をすべて記録し、報告せよと上から指示されていた」。彼は日本をターゲットにした中国政府のスパイだったというのだ。

新疆ウイグル自治区最大の都市ウルムチで観光ガイドとして働いていたカーディルは、以前から中国政府の民族政策に不満をもっていた。それゆえ彼は定期的に欧州の亡命ウイグル人組織にネット経由で情報を送っていたという。「情報といっても新聞記事とか周りの噂とか、そういったものをネットカフェからメールで海外に送っていただけだ」と、カーディルは言う。

しかし2001年4月、こうした活動が理由で彼は警察に逮捕されてしまう。裁判もないまま40日ほど拘束され、精神的にもボロボロとなったある日のこと。中国の情報機関である国家安全局の人間が留置場に現れ、取引を持ちかけてきた。

「あなたはまだ若く、日本語も達者だ。祖国のために働くことができる」。釈放してもらいたければ、スパイになれということだ。最初の要求は新疆の民族問題に関心を寄せる日本人観光客についての報告だった。要求された内容をメモ書きにして送ると次の指令が来た。「知り合いの日本の大学のウイグル研究者を調べろと言われた」。彼が見せてくれた携帯電話のショートメッセージはそのときの指示だった。

カーディルは08年までの7年間にこうした指示を国家安全局の担当者から50回ほど受けたという。やがて担当者は「東京に出張し、日本のウイグル人社会を内偵しろ」と言い出した。次第にエスカレートする要求に嫌気がさし、彼は東京出張の前に東南アジア経由でトルコに亡命した。

日本をターゲットにしたスパイ活動は今も継続しているとカーディルは言う。「すでに日本に情報提供者が何人もいたようだった」

今年2月、国際的人権団体アムネスティ・インターナショナルが、世界22カ国に住むウイグル人など新疆出身の少数民族400人を調査したところ、多くが中国当局からの嫌がらせや圧力を受け、その中の26人は情報提供者になるよう打診を受けた、と答えた。 日本も例外ではない。

日本にはおよそ2000人のウイグル人が住んでいるといわれる。80年代のシルクロードブームによって日本と新疆の接触が増え、多くのウイグル人の若者が日本に留学。卒業後、定住するようになったのだ。

しかし18年、中国政府が本格的にテロ対策を名目に100万人ともいわれるウイグル人を大量拘束し収容施設に送り込み始めると、日本のウイグル社会は大きく動揺した。拘束される理由の1つが、家族に国外在住者がいること。在日ウイグル人の中で家族や知人が拘束されたことのない人はほとんどいない。

そうした状況の中、これまでタブーだった中国政府に対する抗議活動に参加するウイグル人も急増している。そして今、彼らを狙ったスパイ勧誘活動が活発化しているのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独メルセデス、安価モデルの米市場撤退検討との報道を

ワールド

タイ、米関税で最大80億ドルの損失も=政府高官

ビジネス

午前の東京株式市場は小幅続伸、トランプ関税警戒し不

ワールド

ウィスコンシン州判事選、リベラル派が勝利 トランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中