武漢パンクはコロナで死なず──ロックダウンがミュージシャンにもたらした苦悩と決意
CAN WUHAN PUNK SURVIVE THE CORONAVIRUS?
武漢のライブハウス「Vox」のステージで演奏するパンクバンド「フィル・レイク」 COURTESY OF LI YUNTONG
<新型コロナ発生源の武漢は反体制パンクの知られざる聖地──北京や上海でなく、武漢が中国で「最もタフな町」と言われるのには訳がある>
ソーシャルディスタンス(社会的距離)だの、自主隔離だのが世界中の人の日常語になる以前、李珂(リー・コー)の仕事は武漢の若いパンクファンを熱狂させることだった。何しろ武漢は、中国のパンクロックの都。しかも業界筋によれば、彼の仕掛けるステージは中国全土で屈指の人気だった。
しかし今、李が経営するライブハウス「Vox」は閑古鳥。1月に武漢が新型コロナウイルス感染の中心地になり、ロックダウン(都市封鎖)が実施されたためだ。4月8日にロックダウンが解除され、街は以前の姿を取り戻しつつあるが、中国全土の累計の感染者数は公式発表でも8万人を超え、死者数は5000人に迫っている。
だいぶ規制が緩まった業種もあるが、李は店内のバーで酒を提供できるだけで、主な収入源であるライブは禁止され、まだ開けない。Voxはラテン語で「声」の意。ステージの壁にも英語で「若者の声、自由の声」と大書されているのだが、今はどちらの声も聞こえてこない。
Voxは毎月10万元(約150万円)の赤字だと、李は言う。家賃のほか、技術スタッフやバー、予約受付の担当者の給料のためだ。若い従業員を支援し続けるのは、現実的な理由からでもある。現在の禁止措置が解除されたら「即座に仕事に戻れる態勢」にしておくためだ。
うちの台所も火の車だ、と言ったのは別のライブハウス「武漢プリズン」の支配人である咚咚(トン・トン)。5月上旬にはオープン11周年の記念パーティーを開いたが、音楽ドキュメンタリーを上映して客に酒を出すことしかできなかった。
武漢プリズンは2009年に、1996年に結成された伝説的なパンクバンド「SMZB」のボーカル、呉維(ウー・ウエイ)らが設立した店。その4年前には同じバンドの元ドラマーである朱寧(チュー・ニン)らがVoxをオープンしていた。
演奏の場を奪われたミュージシャンの懐も寂しい。ポストパンクバンド「如夢」のギタリストである陳チェン(姓のみの記載を希望)。このバンドはSMZBを手掛けた独立系レーベル「メイビー・マーズ」と契約しているが、ロックダウンで収入はゼロになり、物価の上昇もあって生活はとても苦しいと言う。武漢では、感染のピーク時に食料品などの価格が2~3倍に跳ね上がっていた。
李雲彤(リー・ユントン)はバンド「フィル・レイク」の女性ベーシストで、Voxのステージ責任者も兼ねる。しかしコロナウイルスのせいで、クリエーターとしての収入も個人としての消費も打撃を受けた。せめてもの幸いは、コロナ騒ぎが起きた旧正月を実家で過ごせたこと。おかげで物価高騰の直撃は受けずに済んだそうだ。
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