香港デモ強硬派、ある若者の告白「僕たちは自由を守るために悪魔になった」
BURNING FOR FREEDOM
母には知らせていないが、ケンは自分が姿を消したときに備えて、その答えをしたためた手紙を引き出しにしまっている。「僕は香港市民だ。香港には民主主義と自由を享受してほしい」で始まる手紙には、こう書かれている。「生きている間に目標を達成できないかもしれないし、死はとても怖い。でも少なくとも僕は、この贈り物を子孫に残せる」
ケンと仲間は数日おきにティムのレストランに集まり、計画を練った。当初は遠足気分で楽しく語り合ったが、数カ月もたつと投げやりに報復を叫ぶ空気が広がっていった。
中国政府に勝てないなら、香港を破壊することで中国にダメージを与えてやろう、と彼らは考えた。「共産党よ、俺たちが消えるときはおまえも道連れだ」と、ケンは言う。そんな彼らの言葉は、200倍の人口を持つ中国相手に立ち上がった香港市民にも広く受け入れられている。
ケンと仲間たちはカクテルを手に作戦を練った。「最大限のダメージを与え、中国軍に行動を起こさせたい」。ティムがそう言うと、デニースやフィフィから拍手が起こった。
香港を破壊して敵を道連れに
作戦の中核は、アメリカに香港という「武器」を与え、中国との戦いに利用させることだ。
中国が恐れるのは、香港をたたき過ぎて西側諸国に経済制裁を科され、米中貿易戦争で弱った経済がさらに悪化すること。また、景気悪化が引き金となって中国社会が不安定化する、台湾統一の夢が遠のくといった連鎖反応も予想される。つまり、彼らの作戦は威力抜群の「カミカゼ」攻撃なのだ。
憎悪と暴力が加速した結果、林鄭が9月初めに逃亡犯条例改正案の撤回を正式に発表しても、香港市民の間には「(譲歩が)小さ過ぎて、遅過ぎる」というため息が広がるだけだった。デモ隊の怒りの対象は既に警察全体と中国政府に向かっていた。
12月、警察はおよそ1万6000発の催涙弾と複数の実弾を使用したと発表。心臓付近や肝臓を撃たれた学生もいた。
11月下旬に行われた区議会選挙の投票率は過去最高の71%。18区のうち17区で民主派が勝利し、デモ隊を支持するのは一部の過激派にすぎないという指摘は一蹴された。
デモ隊が大学を占拠し、抗議運動が最も過激化した11月、ケンは再び前線に立っていた。「人間ベルトコンベヤー」で届けられるガソリン爆弾を、1日に50個以上投げたという。平和的にデモを続ける市民が多数いる一方、強硬派は香港を破壊して敵を道連れにする作戦が有効だと考えているのだ。
およそ半年後の今年5月28日、中国の全国人民代表大会(全人代)は香港国家安全維持法の導入を決めた。香港の自治と自由にとって「致命的な一撃」との批判が高まるなか、6月30日には全人代常務委員会が同法を可決。同日夜に施行された。
これを受けてドナルド・トランプ米大統領は、アメリカが香港に与えてきた特別待遇の取り消しを表明した。世界的な金融ハブという香港の地位は揺らぎ、香港から中国本土に向かう資金の大動脈も滞ることになる。トランプは中国批判を繰り返し、報復措置を取ることも公言している。
1年に及ぶ抗議運動と新型コロナウイルスをめぐる都市封鎖で傷ついた香港にとっては決定的な打撃だ。
そして、ケンの戦いも終わりを迎えた。結果は敗北だった。
(筆者は匿名のジャーナリスト)
<2020年7月14日号「香港の挽歌」特集より>
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