最新記事

事件

メキシコ麻薬戦争ついに首都へ 大統領の「非暴力宣言」尻目に治安担当者が暗殺未遂

2020年7月6日(月)11時48分

「麻薬戦争」が繰り広げられるメキシコの中でも、首都メキシコ市は比較的平穏なオアシスに近いと考えられていた時期があった。写真はメキシコ市の治安庁長官が襲撃された現場。26日撮影(2020年 ロイター/Henry Romero)

「麻薬戦争」が繰り広げられるメキシコの中でも、首都メキシコ市は比較的平穏なオアシスに近いと考えられていた時期があった。しかし市の治安責任者の乗った装甲仕様の車を武装集団が銃を乱射して襲うという衝撃的な暗殺未遂事件により、少なくとも麻薬カルテルの1つが平和を破るのも恐れないことが証明された。

負傷したガルシア・アルフッシュ治安庁長官(38)は直ちに、犯行は恐らく最も暴力的な麻薬カルテル「ハリスコ・ヌエバ、ヘネラシオン(CJNG)」によるものだと指摘した。すぐに病院のベッドから携帯電話にメッセージを入力、投稿したとみられる。

長官は肩と鎖骨、膝を撃たれたものの、麻薬カルテルの取り締まりを続けると誓っている。

事件は26日朝、メキシコ市きっての高級住宅街で起きた。カルテルの武装集団は長官の命を奪うことには失敗したが、警護の2人と、出勤途中の女性が巻き添えで死亡した。

治安専門家のエルビエル・ティラド氏は「最近まで、メキシコ市では大きな麻薬カルテルは活動していないと多くの人が思っていたが、事実は違った」と語る。

ロペスオブラドール大統領は27日のビデオメッセージで、政府の情報機関は襲撃計画を事前に察知し、長官に特別な警戒を呼び掛けていたと釈明した。

メキシコ市の市長によると、襲撃の首謀者とされる男を含め既に約20人が逮捕されている。

襲撃について多くのアナリストは、CJNGが自らの力を誇示するために実行したもので、複数の麻薬カルテルがメキシコ市で勢力を拡大している証拠だとみている。

一方、麻薬カルテル専門家のトマス・グエバラ氏は「私に言わせれば、力の誇示というより、溺れかけた人間の悪あがきだ」と言う。暫定的な報告書では、カルテルは約3週間前から襲撃を計画しており、警察は直後に逆襲、逃げる武装集団を一網打尽にすることができたとしている。グエバラ氏は「少なくともメキシコ市では、警察は良い仕事をしている。これで他州の警察部局も士気が上がると期待したい」と語った。

CJNGはシナロア・カルテルと並び、メキシコ最強のギャング集団だと考えられている。月給が安く訓練も行き届かない全国の警察部局内部に首尾よく入り込み、その保護のもとで麻薬密売のビジネスを展開してきたとされる。

左派のロペスオブラドール大統領は前任者と比べ、犯罪集団撲滅に向けてさほど対決的な姿勢で臨んでいない。社会福祉支出を増やして、犯罪の根本原因と見なす貧困および若者の失業問題に取り組むことを優先してきた。

大統領は27日のメッセージでも、「だれに対しても戦争は宣言しない」と述べるとともに、将来の襲撃は防ぐと約束した。「彼らがわれわれを脅すのは許さない」と語った。

しかし大統領就任1年目の昨年、同国の殺人件数は過去最多を更新し、今年はさらに増えそうな勢いだ。このため大統領は方向転換を迫られる可能性が高い。

治安専門家のティラド氏は、「軍を動員する必要があるだろう」とした上で、それでもCJNGなど高度に武装した連中の拡張や命を狙う新たな襲撃は抑えられそうにないと予想。「まるで前に映画で見たような光景だ」と語った。

(Lizbeth Diaz記者)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【話題の記事】
・東京都、新型コロナウイルス新規感染111人 4日連続3桁台
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・新型コロナ、血液型によって重症化に差が出るとの研究報告 リスクの高い血液型は?
・韓国、日本製品不買運動はどこへ? ニンテンドー「どうぶつの森」大ヒットが示すご都合主義.


20200714issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月14日号(7月7日発売)は「香港の挽歌」特集。もう誰も共産党を止められないのか――。国家安全法制で香港は終わり? 中国の次の狙いと民主化を待つ運命は。PLUS 民主化デモ、ある過激派の告白。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で

ビジネス

米相互関税は世界に悪影響、交渉で一部解決も=ECB

ワールド

ミャンマー地震、死者2886人 内戦が救助の妨げに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中