新型コロナ「院内感染」の重い代償 医療の最前線で続く苦闘と挑戦
聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院の桝井良裕医師(右奥)。6月18日、神奈川県横浜市で撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
救急医療の専門家として30年を超すキャリアを持つ桝井良裕医師(58)にとって、医療現場にあれほどの驚愕と動揺が広がった日はなかった。
横浜市旭区の聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院で4月22日、新型コロナウイルスの院内感染が発覚した。その規模は瞬く間に拡大、感染者数は病院職員を含めて80人(1日時点、同病院調査)に達し、13人の患者が死亡。全国で最大規模の院内感染に発展した。
「感染対策を担当していたチームもあわてまくり、まさに驚愕だった。病院閉鎖を意識した」と、同病院で救命救急センター長を務める桝井医師はその時の混乱ぶりを振り返る。
病気を治すべき病院でクラスター(感染者集団)が発生するという異常事態。同病院の医療スタッフは、増え続ける新型コロナ患者の治療に忙殺されながら、失墜した病院の信用をどう回復するか、重い課題と格闘する日々が続いた。
感染対策に予想外のほころび
院内感染が起きた病院は、社会の厳しい視線を意識して、メディアへの情報提供には概して消極的だ。しかし、同病院は6月初め、3日間にわたりロイターの院内取材を受け入れた。患者や地域に対し「誠意をもって謝罪し、包み隠さず真実を話す」(桝井医師)べきだ、という判断からだ。
外来診療が制限された病院内部は人がまばらで、薄暗い静寂に包まれていた。取材に応じた医師や看護師らの表情は一様に硬く、見えないリスクと相対する不安と緊張感がにじんでいた。
「最初の1週間は、寝ても覚めても、自分が感染しているのではないか、自分が媒介していたのかもしれないという恐怖があった」と、感染患者と濃厚接触した高度実践看護師の大沢翔さん(36)は記者に話した。
大沢さんは直後のPCR検査で陰性だったが、5月の連休前後から2週間の自宅待機に入った。妻と2人の子供たちとは、感染防止のため、それ以前から別々に暮らしていたが、院内感染が分かってからは会っても触れることすらできなかった。一方、病院からの知らせで院内感染の広がりを知るたびに、つらさと無力感がこみ上げた。
「病院の状況について院内からいろいろな情報が入ってくる。大変なことになっているのに、自分は戦力になれていない。すごいストレスだった」と大沢さんは言う。
同病院では、院内感染の発生以前から感染者専用の病棟を設け、医療スタッフに勉強会や防護服の着用の講習などを実施、様々な措置を徹底してきた。
しかし、院内感染を重く見て同病院に3度の立ち入り検査を実施した横浜市当局の判定は厳しかった。
「共用パソコンやタッチパネルの消毒が不十分」、「防護服の着脱時に髪を触るなど不適切な動作がある」、「感染防止策を呼び掛けていても現場スタッフへの徹底がされていない」──。慎重に講じたはずの対策に、予想もしないほころびが次々に見つかった。
同病院によると、院内感染を疑うきっかけとなったのは、4月上旬に呼吸器疾患とは異なる疾患で救命救急センターに入院した患者だった。その患者は退院後にコロナに感染していたことが確認された。
その患者が入院していた時、近くにHCU(高度治療室)で気管切開を受けた別の患者がいた。この患者はその後、コロナ感染者であることが検査で判明したが、その前に受けた気管切開部分から発生したエアロゾルによってHCUや病棟で同患者からの感染が拡大した可能性がある、と同病院では見ている。
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