感染第1波で医療崩壊の悪夢を見たアメリカは、第2波を乗り切れるのか
“We Didn’t Know What We Know Now”
新型コロナ患者の情報管理に追われる看護師(カリフォルニア州・5月) MARIO TAMA/GETTTY IMAGES
<世界を襲った感染症の第1波に遭遇した医療現場から医療現場へ──生存率を上げるための情報が伝わり蓄積されている>
米アリゾナ州フェニックスのバナー大学病院。ここの救急病棟に初めて運び込まれたCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の患者は、若い母親とその息子だった。東へ300キロほど離れた先住民アパッチ族の居留区からヘリコプターで搬送されてきたのだが、既に息子は死亡。母親も呼吸器疾患で深刻な状態に陥っていた。3月半ばのことで、現場のスタッフは新型コロナを疑った。しかし病名が分かったところで、打つ手はないに等しかった。
「母親は1週間ほど寝込んでいた。それで地元の診療所に行ったが、2時間もしないうちに状態が急変し、人工呼吸器が必要になった」。州内有数の病床数800を誇る同病院の呼吸器疾患部長で救命医療の責任者も兼ねるマリリン・グラスバーグは、今にしてそう言う。「でも当時の私たちは、今なら知っていることを知らなかった。だから今ならできる処置を、してあげられなかった」。失われた命は取り戻せないが、もしも州内の至る所からこの病院に新型コロナの患者多数が運び込まれている今の時点でこの母子が救急搬送されてきたのなら、少なくとも母親には、病と闘って生き延びる機会があったのではないか。
ほんの2週間ほど遅いだけでも、医師たちは病理解剖で遺体のあちこちに血栓が認められることに気付いていたはずで、そうであれば母親に血栓を溶かす薬を投与する選択肢もあったはずだ。患者の免疫系の「暴走」に気付き、あえて免疫を抑制するステロイド剤を投与して暴走を止めるという選択もあり得た。
そもそも、今なら連邦政府や州政府の公衆衛生当局が彼女たちの症状をいち早く把握し、もっと早い段階で大病院のICU(集中治療室)に入れていたはずだ。そうすれば母親だけでなく、息子も助かったかもしれない。
貴い臨床医の経験知
アメリカは今、新型コロナの感染第2波に見舞われている。深刻だが、自ら招いた災禍と言うしかない。甘くみていたし、マスク着用の是非を政治問題にするという愚かしさもあった。楽しくなければ人生じゃない、あとは野となれ山となれという無責任な精神構造もあった。
しかし、かすかだが希望の光も見えている。この危機が始まってから半年がたち、医療現場にはそれなりの知見が蓄積されているからだ。今はアリゾナでもテキサスでも、地域の中核病院なら数カ月前の武漢やイタリア、あるいはニューヨーク市の救急病院より、ずっと的確かつ有効な治療を期待できるだろう。
つまり、アリゾナやフロリダなど感染拡大中の地域で新型コロナにかかって重症化した人でも、今ならしかるべき治療を受けられれば、命を取り留める可能性が高まっている。ただし患者数が増え過ぎるとベッドも医者も人工呼吸器も足りなくなり、「しかるべき治療」を受けられる可能性は激減する。
数字を見る限り、今のところ患者の生存率は改善しているようだ。米疾病対策センター(CDC)によると、肺炎やインフルエンザ、または新型コロナによる死者が米国内の死亡者総数に占める割合は、6月半ばの時点で9週間前の9.5%から6.9%にまで低下していた。
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