最新記事

人種差別

「ベートーベン黒人説」の真偽より大事なこと

Was Beethoven Black? Twitter Debates Race of German Composer

2020年6月19日(金)16時55分
セレン・モリス

肖像画やスケッチに描かれたベートーベンは白く塗り込められた姿? pictore/iStock

<何年も前に米大学の学生新聞に掲載された話が、全米で黒人差別反対デモが吹き荒れる今になって議論を呼んでいる訳>

ベートーベンは黒人だった?──以前、あるウェブサイトに投稿された仮説が注目を集め、議論になっている。

2015年、米コンコーディア大学の学生新聞「ザ・コンコーディアン」のウェブサイトに、作曲家ベートーベンは黒人だったと示唆する記事が投稿された。私たちが彼について知っていることは全て、嘘で塗り固められた虚構なのかもしれないと主張している。

ルードウィヒ・ファン・ベートーベンについて分かっていることは、1770年にドイツのボンで生まれ、1792年にオーストリアのウィーンに移住したこと、そして家族のルーツがヨーロッパ北部のフランドル地方にあることだ。

ザ・コンコーディアンへの投稿は、彼の母親であるマリア・マグダレーナ・ケフェリヒがムーア人(ヨーロッパに暮らすイスラム教徒やアフリカ系の人々)の子孫だった可能性が高いと示唆している。彼女が生まれたとされる地域が、ムーア人の直接の支配下にあったことがその理由だ。

投稿者はさらにベートーベンの身体的特徴を引き合いに出し、鉛筆で描かれたスケッチではベートーベンの肌が「とても濃い色で」描かれており、「黒人説」を裏づけていると説明。ベートーベンの肖像画を見ると白人に見えるが、これらの肖像画はどれもベートーベンのイメージを絵にしたものだから当てにはならないと主張した。

「ベートーベンの人種に関する真実がわかったからといって、彼の音楽の素晴らしさが変わる訳ではない」と、筆者は書く。「だがヨーロッパの植民地主義がどれだけ今の人種差別に影響を及ぼしているかを知ることには意義があると考えた」

当時のウィーンには黒人がいたが

「歴史上の偉大な人物はなぜ白人ばかりなのか。その不自然さに思い至ると、この問題について話すことがいかに重要かがわかる。もうそろそろ、全ての偉業を白人だけのものにするのはやめるべきだ。歴史はあまりに長い間、白人に独占されてきた」

だが、ベートーベンが黒人だったという説には上に書いた以上に大した根拠はない。サンノゼ州立大学のアイラ・F・ブリリアントセンター(ベートーベン研究施設)は、ベートーベン黒人説は「ベートーベン家の系譜研究」ではなく、「ベートーベンの祖先のひとりに婚外子がいたという仮説」を基にしたものだと指摘する。

同センターはさらに、こう説明している。「留意すべき重要な点は、ベートーベンが生きている間に、彼を黒人またはムーア人と呼んだ人は一人もいないことだ。当時のウィーン市民はムーア人についても、ベートーベンと共演した著名バイオリニストのジョージ・ブリッジタワーのようなムラート(白人と黒人の混血)についても、よく知っていた」

それでは今、「ザ・コンコーディアン」が多くのツイッターユーザーに拡散されているのはなぜか。

<参考記事>「英王室はそれでも黒人プリンセスを認めない」
<参考記事>女性の美を競う世界大会5大会すべてで黒人女性が優勝する時代に

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中