最新記事

マスク

マスク着用時の激しい運動はなぜ危険なのか

2020年6月18日(木)17時04分
松岡由希子

めまいや頭痛など高山病の症状を引き起こす可能性がある ...... LightFieldStudios-iStock

<英ハートフォードシャー大学の研究によると、マスクをしたまま激しい運動をすると、めまいや頭痛など高山病の症状を引き起こす可能性があるという ......>

スポーツ界では、新型コロナウイルスからの感染予防策を講じながら試合やトレーニングを安全に再開するための対策が模索されている。運動をすると呼吸が速まり、激しくなって、周囲の人々に感染症を移すリスクが高まるためだ。

イングランドのプレミアリーグでは、感染予防策として、サッカー選手にマスクまたはスヌードの着用の義務づけを検討している。また、アディダスアンダーアーマーといったスポーツ用品メーカーでは、通気性にも配慮したマスクを相次いで発売している。

高地トレーニングに似た低酸素環境になり、高山病の症状を引き起こす

しかし、言うまでもなく、マスクは通気を妨げる。ラグビーやサッカーのように空気消費量が毎分40〜100リットルの激しい運動をすると、筋肉で乳酸が産出され、これが二酸化炭素に分解されて呼吸により排出されるが、これらの二酸化炭素がマスクの内側に溜まると、再びこれを吸い込んでしまい、認知機能の低下や呼吸速度の上昇を招くおそれがある。また、マスクの内側では酸素量が減少して高地トレーニングに似た低酸素環境になり、身体により負荷をかけてしまう。

運動生理学を専門とする英ハートフォードシャー大学のリンゼイ・ボトムズ博士は、運動時のマスク着用の有無で二酸化炭素濃度や酸素濃度がどのように変化するのか、時速10キロの速度で3分間、ランニングマシンで走る実験を自ら行った。これはフェンシングの運動強度と時間に相当する。

大気中の酸素濃度は海抜0メートルで21%程度だ。フェンシング用マスクのみをかぶって走った場合、酸素濃度は19.5%と、海抜600メートルと同等であった。一方、フェンシング用マスクの下にマスクを着用して走ると、酸素濃度は、海抜1500メートル地点で運動したときと同等の約17%にまで低下した。

ボトムズ博士は「より長時間、またはより激しい運動をすれば、酸素濃度はさらに低下し、めまいや頭痛など、高山病の症状を引き起こす可能性があるだろう」との見解を示している。

強い負荷のかかる運動を避けてこまめに水分を補給すること

大気中に含まれる二酸化炭素量はごくわずかであり、フェンシング用マスクのみをかぶって走った場合も、その濃度は1%未満であった。しかし、フェンシング用マスクの下にマスクを着用して走ると、二酸化炭素濃度はその3倍の3%に上昇した。ちなみに、英安全衛生庁(HSE)では「従業員を二酸化炭素濃度1.5%の環境に15分以上さらしてはならない」との基準を定めている。

日本の厚生労働省では、新型コロナウイルス感染予防を前提とした「新しい生活様式」における熱中症予防として、マスク着用時には強い負荷のかかる運動を避けてこまめに水分を補給すること、周囲の人との距離を2メートル以上確保したうえで、適宜、マスクを外すことなどを呼びかけている。


【話題の記事】
「ドイツの黒人はドイツ人とは認められない」 ベルリンで起きた共感のデモ
動画:「鶏肉を洗わないで」米農務省が警告 その理由は?
マーモットの肉を食べた夫婦がペストに感染して死亡
ヒトの老化は、34歳、60歳、78歳で急激に進むことがわかった

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中