【バー店主の手記】抗議の声を心から支持するが、破壊はデモを台無しにする
Don’t Take it Out on the Little Guy
筆者はバーを略奪から守るため、「黒人オーナーの店」という看板を打ち付けた COURTESY OF TONY ZACCARDI
<ジョージ・フロイドが殺された交差点から5キロ。外壁に「黒人オーナーの店」と書いた。隣はモスクだ。マイノリティーの居住地区だが、安心はできない。ミネアポリスで生まれ育ち、歴史あるバーを営む黒人男性が心境を明かす>
ミネアポリスに生まれ育った私が、パーマーズ・バーを買い取ったのは2年前のこと。ずっと夢だったバーのオーナーになって、ようやく2周年を迎えたところだが、3月から店を閉めている。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐためだ。
当分店を閉めなければならないと知った日は、泣いてしまった。今も店を開けることはできない。なんて奇妙な時代だろう。
そこに暴動が始まった。黒人男性のジョージ・フロイドが、警察官に膝で首を押さえ付けられ、その後死亡した事件がきっかけだ。
フロイドは私の店からさほど遠くない場所にあるバーの警備員だった。私は直接知り合いではなかったけれど、一緒に仕事をしていたという人物を知っている。
あの事件では誰もが傷ついた。誰もがあの動画を見て、胸が張り裂ける思いをした。
私はもともと、人種や政治の話はしないタイプだが、抗議デモが暴動や略奪に発展するケースが増えている今、店を守る行動を起こさなくてはいけないと思った。だから店の外壁に、「黒人オーナーの店」と書いたベニヤ板を打ち付けた。
酒場であれ、商店であれ、オーナーなら誰もが、「うちの店は特別だ」と言うだろう。だが、パーマーズ・バーは本当に特別な店だ。
ツインシティーズ(ミネアポリス・セントポール都市圏)で最も歴史ある酒場の1つであり、地域住民の憩いの場であり、いくつものサプライズが起きる場所だ。そんな歴史ある店の今を預かる立場にあることを、心から誇りに思っている。
パーマーズ・バーがオープンしたのは1906年。それ以来、スペイン風邪も、2つの世界大戦も、ドナルド・トランプ大統領も(今のところ)乗り越えてきた。でも、今回は少しばかり心配だ。というのも、ここから2キロほどのところにあるヘキサゴン・バーが、先日の暴動で焼け落ちてしまったからだ。
ヘキサゴン・バーも1934年から続いてきた歴史ある店で、地元住民にとても愛されていた。それなのに暴動のさなかに近隣に放たれた火が燃え広がって、瞬く間に店全体がのみ込まれてしまった。
5月29日の朝、6時半に起きて自宅アパートから外を見ると、パーマーズ・バーの方向から煙が上がっているのが見えた。大慌てで駆け付けると、幸い店は無事だったけれど、2〜3ブロック先にある質屋は完全に焼け落ちていた。