最新記事

事件

インドネシアで新型コロナ医療従事者2人が襲われ死傷 警察と武装組織、相手の犯行と非難合戦

2020年5月26日(火)17時20分
大塚智彦(PanAsiaNews)

治安当局、武装組織が責任押し付け合い

今回の襲撃事件についてパプア州警察の報道官は、パプア州の独立を求める武装集団「自由パプア(OPM)」のメンバーによる犯行の可能性が高い、との見方を示した。陸軍のパプア軍管区司令部の報道官も地元メディアなどに対して「OPMが関与しているのは間違いない」と述べ、襲撃現場周辺地域で軍と警察の合同チームによる容疑者捜索が始まっていることを明らかにしている。

これに対しOPMの報道官は「テンポ」の取材に「パプア人の医療関係者2人を襲撃したのは治安当局関係者であり、我々に責任を押し付けようとしている。責任はインドネシアにある」と応酬。双方による非難合戦と責任転嫁が続いている。

パプア地方(パプア州、西パプア州)では治安当局と武装組織による今回のような衝突、銃撃事件が頻発しており、そのたびに警察や軍は武装組織による犯行であると非難。一方の武装組織側も「犯行は警察や軍によるもの」と批判して責任を互いに押し付け合うことがこれまで常態化している。

最近では2月に武装組織メンバーと誤認された12歳のパプア人小学生が治安部隊に射殺される事件が起きたり、3月30日には世界有数の金・銅鉱山である「グラスベルグ鉱山」で働くニュージランド人が殺害される事件も起きている。

小学生射殺事件は治安部隊の犯行であることが明らかであり、ニュージランド人殺害は同鉱山を攻撃対象とすると明言しているOPMの分派組織が犯行声明を出しているように、襲撃組織が明らかなケースも数少ないがある。

新型コロナとパプア

インドネシアはジョコ・ウィドド大統領による懸命の新型コロナ感染拡大防止策にも関わらず、5月24日の時点で感染者数は2万2271人、感染死者数は1373人となっている。死者の数は東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国では最悪の数字となっている。

そのうちパプア地方は同じく5月24日の時点での報告では感染者数と死者数が、パプア州で556人と6人、西パプア州で130人と2人とインドネシア全34州の中では比較的少数にとどまっている。

これは陸路がなく、海路と空路でしかアクセス出来ないことや、治安上の理由で以前から人の流入を制限しており、新型コロナの感染拡大に際してもかなり早い時点から流入制限に踏み切ったことがその理由とみられている。

しかし山間部は外部からある意味「隔絶」していることから深刻な感染拡大はないとみられているが、ジャヤプラ、マノクワリなどを中心とする都市部の感染者数、感染死者数は、パプア地方の医療水準、医療機器のレベル、検査態勢の不十分さなどから実数を反映していないのではないか、との懸念も出ている。

いずれにしろ、そうした環境の中で懸命の活動を続けるパプア人医療関係者が死傷するという今回の襲撃事件は、パプア州政府だけでなくインドネシア政府にも衝撃を与える事態となっている。

それだけに襲撃犯・組織の捜索・逮捕による事件解決が急務となるが、軍や警察という治安部隊によるパプア人武装組織摘発に名を借りた一般市民への人権侵害事件が多発する地方だけに、どこまで迅速なそして公平な事件解明が行われるかが注目されるところだ。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


【関連記事】
・アビガン5月承認断念、効果まだ不明 富士フイルムが未申請
・新型コロナの死亡率はなぜか人種により異なっている
・第2次補正予算は13兆円前後か 一律現金給付第2弾は見送りも家賃支援に増額圧力
・米メモリアルデーの週末、ビーチに人々が殺到 11州で感染増加し第2波のリスクも


20200602issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月2日号(5月25日発売)は「コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学」特集。行動経済学、オークション、ゲーム理論、ダイナミック・プライシング......生活と資産を守る経済学。不況、品不足、雇用不安はこう乗り切れ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナのNATO加盟、同盟国説得が必須=ゼレン

ワールド

インド中銀がインフレ警戒、物価高騰で需要減退と分析

ワールド

米国、鳥インフルで鶏卵価格高騰 過去最高を更新

ワールド

トランプ氏次男妻、上院議員への転身目指さず ルビオ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能…
  • 5
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 6
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 7
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 8
    「オメガ3脂肪酸」と「葉物野菜」で腸内環境を改善..…
  • 9
    「スニーカー時代」にハイヒールを擁護するのは「オ…
  • 10
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 4
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 5
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 8
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 9
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中