「緊急事態解除の日」遠い医療現場 他院が拒否した新型コロナ患者受け入れる聖マリアンナ病院の葛藤
家族からの手紙
同病院では毎朝8時、夜勤明けの医師が1人ずつ、取りまとめ役の医師のもとにやって来て、数字や略語を読み上げる。ICUに入院する患者11人の容態についての報告だ。使い込んだPHSを片手に、手狭な廊下を歩いてきた藤谷茂樹・救命救急センター長が報告の場に顔を出した。
「今朝も1人の患者が亡くなった」と藤谷センター長は記者に告げ、ホワイトボードに近づいた。ボードにはマスキングテープがマス目のように貼られ、左側の枠には重症者(そのほとんどが50代、60代)の名前、その横にはここ数日の治療経過が詳しく書き込まれている。
4月5日、6日、8日、12日に患者が入院したことを示す記録、入院前あるいは入院後すぐに気管挿管を行った記録、「アビガン」の試験的投与の記録、人工心肺装置を装脱着した記録などが書かれていた。
その朝に死亡した男性の名前はすでに除かれ、ICUには合わせて3つの空きベッドができたが、藤谷さんは、夕方までに埋まってしまうだろうと語った。
藤谷さんが急に表情を変えた。休憩室でマスクをずらしたまま会話をしている看護師たちを見つけたからだ。
「話すときはマスクをして!」。藤谷センター長は看護師たちに近づき注意した。「そういう気のゆるみが院内感染を起こすからね」。
休憩室の一角にあるボードには、先月亡くなった患者の家族から送られてきた手書きの手紙が貼ってあった。「こんなに辛いことが起こるとは、思いもよりませんでしたし、いまだ実感が持てずにいます」。家族の重い気持ちとともに、医療スタッフへの感謝の言葉もしたためられていた。
ぬぐえぬ無力感、蓄積するストレス
ナースステーションにあるモニターの画面は、壁の向こう側のICU内にいる患者の様子を映し出している。
「全然良くなってないです。見かけ上は良くなってますけど」。応援のためセンターに派遣された小児科医はコンピューターの画面に映し出されたデータを見ながら、そう語った。
「数週間ずっと、症状が何も変わらなくても、急に容体が悪化するというのはよくあります」と、藤谷センター長は自分のオフィス内を歩き回りながら語った。「治ってくれるのなら頑張ろうと思うけど、すごく力を注ぎこんできたのに亡くなってしまったら、無力感を感じる。みんな治すつもりでやっているんだから」。
ICUで治療を受けた患者のうち、これまでに1人が補助器具なしで呼吸できるようになった。しかし、無事にICUを出たとはいえ、完全に回復するかどうかはまだ分からない。
藤谷センター長は、4月に自殺したニューヨークの救急医について語った。その女性医師は何十人もの新型コロナ患者が死んでいく姿を目の当たりにしたという。
「こんな状態が2カ月、3カ月に及んでいるから、かなりストレスはかかっていると思う」と、藤谷さんは言う。