コロナ時代の不安は、私たちの世界観を変える
The Relief of Uncertainty
友人が先日、スティーブン・ソダーバーグ監督の映画『コンテイジョン』を見たと言ってきた。今回のパンデミックを予言するような内容だと大きな話題になっている、2011年のパニック映画だ。なぜそんな映画を見たのかと聞くと、不思議と慰められるからだと友人は言う。というのも(以下ネタバレ注意)、映画では謎のウイルスのワクチンが開発されるのだ。
だがよくも悪くも、現実は映画の世界とは違う。必ずしも苦しみが終わり、ハッピーエンドが待っているとは限らない。そんな究極の不安に覆われた時代を、どう生きていけばいいのか。
仏教の教えを支えに
筆者は、大学院生時代の約20年前に仏教に出合った。だが、メディテーション(瞑想)とマインドフルネスに本気で取り組むようになったのは、ごく数年前のことだ。
それは、旅行ライターとして世界中を飛び回り、朝起きたときに自分がどこにいるか思い出せないような生活に、少しばかりの安定をもたらしてくれた。一生を共に過ごそうと思っていたパートナーとの突然の別れなど、心理的につらかった時期にも苦しみを和らげるのを助けてくれた。
それだけに、このアブノーマルな恐怖に覆われた時代に、筆者が一段と仏教の教えに傾倒しているのは当然かもしれない。仏教では、苦しみとは苦痛に対する抵抗から生じると考えられている。
チベット仏教の尼僧ペマ・チョドロンは、「苦しみの根源は、何事も無常であるという真実に抵抗することから生じる」と書いている。
確かにそれは、現在多くの人が感じている苦しみの原因の1つだ。この世に永遠に変わらないものなど存在しない。だが、私たちは、近い将来に死が存在するかもしれないという不透明性を受け入れて生きることに慣れていない。
このように見通しのつかない漠然とした時代には、大きなチャンスも存在する。重要なのは、このウイルス禍がいつまで続くかは分からないこと、そして自分が感染する(そして死ぬ)可能性が十分あるという事実を受け入れることだ。考えてもみるといい。このパンデミックが起こる前から、人生に確かなことなどなかったのだ。
筆者は不透明性を受け入れることで、飛行機の遅延やキャンセルをはじめ、もっとひどく深刻なアクシデントに見舞われたときも、冷静さと忍耐力を維持することができた。ひょっとすると、新型コロナ禍は、私たちに新たな世界観や人生観、そして死生観をもたらすかもしれない。