新型コロナウイルスで棚上げされた欧州難民危機
Refugee Lives on Hold
「私たちは、ギリシャの島々で難民を足止めする政策を打ち切るよう、4年前から訴えてきた」と、ポンテューは言う。「この政策はずっと、難民の健康と尊厳をむしばんでいる。現在こうした施設では新型コロナウイルスの感染が拡大し、これまで以上に緊急課題となっている。EUの端の国境(ギリシャ)で大規模なクラスターが発生すれば、全てのEU加盟国がその影響を受ける」
アブドゥル・ハキム(22)の境遇は、難民たちの命が危うい状態にあることを示すもう1つの例だ。病気になったらどうすればいいのかと、彼は思う。現在はシュツットガルト在住だが、数年前に難民認定申請が受理された国はイタリアで、以前は首都ローマから約600キロ離れた南部のカラブリア州に住んでいた。貧困と汚職で知られ、主にマフィアが牛耳っている地域だ。
「仕事もなかったし、インフラはひどかった。誰も難民のことなど気に掛けていなかった」と、ハキムは言う。
いつかは滞在手続きのためイタリアに戻る必要があるだろう。ただし新型コロナウイルスの感染が拡大した今は、行きたくても行けない状況だ。ハキムがイタリアで加入できる医療保険は緊急時にしか適用されないと聞く。感染拡大で大打撃を受けている国で、それがどういう意味を持つのか、今の彼には分からない。
「この危機ではっきりしたのは、いま私たち(難民)は重要視されていないということだ」と、ハキムは言う。「ヨーロッパの人々は、自分のことだけで精いっぱいだ。他人のことには関心がない。まして難民など眼中にない」
彼が聞いたところでは、最近は難民が医師や薬剤師の元を訪れても、いいかげんな診断や処方だけで厄介払いされることが多いという。
そればかりか、病院に行くことさえできない場合もある。ドイツの隣のオーストリアで感染拡大が始まったとき、30歳のレザ・アリ(仮名)は別の問題を抱えていた。同国西部インスブルックでの生活を始めてから10年近くになるが、3月初めに強制送還の通知が届いたのだ。彼はレストラン店長の仕事を辞め、行方をくらますしかなかった。
「何が何だか分からない」と、アリは電話取材で居場所を明かさずに語った。「この国に長いこと住んでいるし、ビザもある。とにかく、問題が解決するまでおとなしくしているしかない」。当局に居場所を知られたくないため、たとえ感染の疑いがあっても病院には行かないという。
命より優先されるもの
既にオーストリア当局は、難民の受け入れを事実上停止している。難民は新型コロナウイルスに感染していないことを証明しないと、入国を許されない。批判派に言わせれば、そんな証明は不可能だ。基本的人権とオーストリア憲法にも違反しているとする批判もある。