最新記事

新型肺炎 何を恐れるべきか

【特別寄稿】作家・閻連科:この厄災の経験を「記憶する人」であれ

NEVER FORGET

2020年4月3日(金)12時20分
閻連科(作家)

中国はこれまで数々の「人災」を忘れ去ってきた(雪の武漢市内) GETTY IMAGES

<ノーベル文学賞候補の「中国で最も論争の多い作家」が説く新型コロナウイルスの経験を忘れる愚かさと恐ろしさ。「中国では発表できない」として、本誌「新型肺炎 何を恐れるべきか」特集(3月10日号)に寄せられたメッセージを全文公開する>

「李文亮のような『警笛を吹く人』にはなれないのなら、われわれは笛の音を聞き取れる人になろう」
──閻連科

李文亮(リー・ウェンリアン)とは、昨年末から原因不明の肺炎患者の増加に気付いて感染拡大の警告を発したことで処分を受け、その後自らも感染して亡くなった30代の武漢在住の眼科医である。

閻連科(イエン・リエンコー)は、村上春樹に次ぐアジアで2人目のカフカ賞受賞作家で、ノーベル文学賞候補としても毎年のように名前が挙がる、世界中で読まれている中国の作家だ。日本でも『人民に奉仕する』『愉楽』『炸裂志』など少なからぬ翻訳が刊行されており、ファンは多い。中国ではたびたび作品の出版や再版が差し止められ、講演やインタビュー、発言にも制限を受けるなど「最も論争の多い作家」と呼ばれる。

この文章は、閻連科が教鞭を執る香港科技大学の学生らに向けたオンライン授業の原稿で、授業に先立って「中国国内では発表できないものだが、日本語に翻訳して多くの人に読んでほしい」と送られてきた。

繁体字版は香港メディアで既に発表されている。だが、中国国内では簡体字版が複数の自媒体(セルフメディア)、個人によってものすごい勢いで転載と当局によるブロック、削除を繰り返している。それでも少なからぬ中国の人々が読んで共感し、さらに多くの人に転送され、読まれ続けている。

本当のことを言えば処分を受け、事実は隠蔽され、記録は改ざんされ、やがて人々の記憶から忘れられていく──。閻連科が学生たちに語らずにはいられない中国の歴史的悲劇は、日本人にとって「体制の違う隣国のこと」なのだろうか。われわれ日本人こそ、いま起こっていること、これから起こることを、しっかりと見つめ、記憶し、後世の人々に伝えなければならないのではないか。

──泉京鹿(翻訳家)

◇ ◇ ◇

学生諸君
本日はわが香港科技大学研究生(大学院生)のオンライン講義の初日ですが、授業の前に、少し別の話から始めさせてほしい。

子供の頃、私が同じ過ちを2度、3度と繰り返すと、両親が私を自分たちの前に呼び付け、私の額を指さして言ったものでした。

「おまえに記憶力はあるのか?」

国語の授業で何度繰り返し読んでも暗記できないとき、先生は私を立ち上がらせ、みんなの前で問いただしたものでした。

「君に記憶力はあるのか?」

記憶力は記憶の土壌であり、記憶はこの土壌に生長し、広がってゆきます。記憶力と記憶を持つことは、われわれ人類と動物、植物の根本的な違いです。われわれの成長、成熟の最初の要求です。多くの場合、それは食べること、服を着ること、息を吸うことよりも重要だと私は考えています。なぜならわれわれが記憶力や記憶を失うとき、料理をすることも、畑を耕す道具も技術も失っているはずだからです。ある夜ふと目を覚ましたが、どこに服を置いたか思い出せない。皇帝は服を着ているより、服など身に着けていないほうがずっと美しいと思い込む──。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中