最新記事

北朝鮮

「感染で死ぬか、飢えて死ぬか」北朝鮮、新型コロナ封鎖の地獄絵図

2020年3月27日(金)14時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮国内から漏れ伝わるのは、感染症対策として行われている厳しすぎる隔離措置の弊害だ KCNA-REUTERS

<通常でもモノの確保が難しい北朝鮮では、隔離や封鎖は国民の生命の維持さえ脅かしかねない>

東京都の小池百合子知事が25日夜、都庁で会見を開き、「感染爆発(オーバーシュート)の重大局面」にあるとして、週末の不要不急の外出自粛を要請した。これを受けて、都内の一部のスーパーでは買い占めの動きが見られたとの情報がSNSで流れた。また、取材仲間からも同様の話が耳に入っている。

買い占めは、今後起こり得る「首都封鎖(ロックダウン)」を恐れてのことかもしれない。先行してロックダウンが現実となったヨーロッパやアメリカの都市の映像を見たら、万が一に備えたくなる気持ちは理解できる。だが、ここは冷静になるべきだ。飲食店が閉鎖されるワケではないし、むしろ空席が多く客を待ちわびているだろう。流通が止まる訳でもない。

違反で処刑も

しかし、北朝鮮の場合は違う。普段からモノの確保が難しいだけに、新型コロナウイルス遮断のための隔離や封鎖は、国民の生命維持さえ脅かしている。

韓国紙・朝鮮日報(日本語版)は19日、北朝鮮から送られてきた1通の手紙の内容を紹介した。国境都市・新義州(シニジュ)の地下教会信徒が韓国の対北宣教団体「韓国殉教者の声」に送ったものだ。

手紙には「平壌・新義州地域に伝染病が広がり、状態が非常に深刻だ」「飢え死にするか、伝染病にかかって死ぬか、どちらも同じの絶望状態」などと書かれていたという。

北朝鮮は現在も、国内で新型コロナウイルスの感染者は発生していないとしている。国際社会に、これを額面通り信じる向きは少ない。そして、北朝鮮国内から漏れ伝わるのは、感染証対策として行われている厳しすぎる隔離措置の弊害だ。

北朝鮮当局は1月中旬、中国で新型コロナウイルスの大量感染が勃発するや、国境を閉鎖し、風邪の症状がある患者の自宅隔離を開始した。現在、自宅隔離された人々は、1週間に1回、30分に限り、食べ物の調達のため外出することしかできなくなった。さらにそれさえも、マスクを着用していなければ許可されない。

隔離状態やマスク着用は保安員らが取り締まっており、違反した場合は体制を危険にさらしたとみなされ、下手をしたら処刑もあり得る。

<参考記事:美女2人は「ある物」を盗み公開処刑でズタズタにされた

ただでさえ食べ物が手に入りにくい社会で、週に1回、30分の外出で食料を手当てするのは至難の業だ。しかも、中朝国境の封鎖で物資欠乏に拍車がかかっている。少し前には、飢えに耐えられなくなった女性がガソリンをかぶって焼身自殺する痛ましい出来事もあった。まさに、過激な隔離が招いた地獄絵図だ。

このような社会では、数少ない物資に人々が殺到し、容易に買い占めが起きるかもしれない。それに比べ、日本はどちらかと言えばモノ余り社会だ。冷静に行動することこそが、家計の余力を温存し、本当に必要な支出に備えることができるのではないか。

<参考記事:「焼くには数が多すぎる」北朝鮮軍、新型コロナで180人死亡の衝撃

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売

ビジネス

NY外為市場=ドル、低調な米指標で上げ縮小 円は上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中