最新記事

感染症対策

インドネシア首都ジャカルタは「非常事態」? 新型コロナウイルスめぐり在留邦人に緊張と混乱

2020年3月21日(土)19時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

実質的には「屋上屋を架す」お願い

20日にアニス・バスウェダン知事が発出した新たな対策の宣言は、
①娯楽施設(映画館、ボウリング場、カラオケ、クラブ、バー、ディスコ、マッサージ、スパ、サウナなど)の閉鎖
②公共交通機関の運行時間の短縮、1両の乗客数制限
③州内の各企業の事業活動の一時的停止と在宅ワークの推奨
などとなっている。しかしいずれもが「求める」「呼びかける」というもので、基本は「お願いベース」なのである。

ジャカルタ市内繁華街のカラオケやクラブなどは15日の外出自粛要請を受けて客足が遠のき、とっくに営業を中止していた店も多く、いまさらの「娯楽施設の閉鎖」には「屋上屋を架す」の感が否めないとの声も出ている。

家族一時帰国や人事異動の凍結

インドネシアではこれまでに日本を含む外国人の入国制限や国際線の運航停止などの措置で、日本人の入国、出国が通常よりも難しくなっている。

感染予防やそれに伴う日本との定期航空便の削減や休止などといった国外への移動制限の影響もあり、日本人駐在員の中には家族を急きょ日本に一時帰国させるケースも増えている。

その一方で、3月、4月の人事異動の時期にも関わらず後任者の赴任が難しいことから異動できずにジャカルタに留まるよう指示を受ける「人事異動の一時凍結」によって否応なしの残留となっているビジネスマンも多いという。

こうした在留日本人、日系企業ビジネスマンは、職場である事務所や工場での感染防止対策やインドネシア人の同僚、従業員の健康維持のために日本大使館からの情報やマスコミ報道からの情報を必死になって収集、日々対応策に当たっている。

在留日本人の受け取り方

そういう緊張した雰囲気にあるインドネシア。特に感染者数が20日の時点で450人中215人が集中している首都ジャカルタ周辺に在住する日本人には、「非常事態宣言」はある意味「ショッキングなニュース」として瞬く間に伝わった。

「非常事態宣言という表現に関してそこまで神経質にならなくてもいいのではないか」
「むしろそこまで事態は深刻だということを理解するうえでは非常事態という表現は適当だ」と、在留日本人の間でもさまざまな反応が起きている。

これまでのジョコ・ウィドド政権やジャカルタ州政府が取ってきた数々の感染拡大防止策がいずれも「緩い」対策であり、それがまた急増し続けている感染者数にも反映されているという「インドネシア流」を理解したうえで、「非常事態宣言」という言葉そのものにはあまり拘泥することなく、事態を冷静にみて、自分で判断することが求められる。

もちろんそれで感染拡大が効果的に阻止できるのであればそれにこしたことはないのであるが、「非常事態宣言」という表現が独り歩きすることで新たな混乱が発生することだけは避けなければならないだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

【関連記事】
・イタリアを感染拡大の「震源地」にした懲りない個人主義
・新型コロナ:中国「新規感染者数ゼロ」の怪
・日本が新型肺炎に強かった理由


20200324issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中