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オウム真理教

地下鉄サリン直前のオウムの状況は、今の日本社会と重複する(森達也)

2020年3月20日(金)11時05分
森 達也(作家、映画監督)

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Photograph by Hajime Kimura for Newsweek Japan

「僕が『A』や『A2』を撮影していた時代は信者の不当逮捕や起訴が日常だったけれど、今はないですか」

「昨年12月にも会社の経理担当でお金の出し入れをしていた在家の女性信者が、不正に銀行口座を開設したとの容疑で逮捕されました。でも経理担当の業務です」

この事件は多くのメディアが、女性信者の実名と共に報道した。結局、彼女は不起訴になった。でも逮捕は報道されても不起訴は報じられない。だから記事を読んだ多くの人は、いまだにオウムは危険なのだと意識を更新する。こうして不安や恐怖は絶え間なく刺激され続け、セキュリティー意識は高揚する。その帰結として日本社会は集団化を加速させる。

群れる生き物は少なくない。イワシにメダカ、スズメにムクドリ、ヒツジにトナカイ、まだまだたくさんいる。彼らの共通項は弱いことだ。1人だと天敵に食われてしまう。だからいつも怯えている。特にホモサピエンスは弱い。翼はないし走っても遅い。練習しなければ泳げないし、爪や牙はすっかり退化した。

だから群れる本能がとても強い。

これを全否定するつもりはない。群れとは社会性を意味する。群れる生き物であるからこそ、言葉を発達させた人類は文明を獲得し、現在の繁栄につながっている。でも群れには、同調圧力が強くなるという副作用がある。特に不安や恐怖を感じたとき、群れようとする動き(集団化)は加速する。集団化が始まったとき、多くの人は言葉を求め始める。つまり指示だ。全体止まれや右向け右。その指示が聞こえないときはどうするか。それを想像して先回りして動く。これがここ数年のキーワードである忖度だ。

独裁的政治家への強い支持

こうして集団は独裁的なリーダーを求める。地下鉄サリン事件以降に始まった日本の集団化は、01年のアメリカ同時多発テロを契機に世界で顕在化した。僕の視点からはそう見える。だからこそ今は世界中で、強い指示を発する独裁的な政治家が支持を集めている。

集団化とは分断化でもある。独裁者は自らへの支持を維持するために敵(別の集団)を探し、いなければ無理やりにつくり出す。そして自衛を理由に攻撃する(ブッシュ政権はその典型だった)。こうして人類の負の歴史は繰り返されてきた。

日本社会はオウムによって大きく変質した。その変化のベクトルは、自分たちは社会から攻撃される被害者の側だと妄想し、(ここに信仰が内在する生と死の価値の転換も重なり)社会への攻撃を決意するまでに至ったオウムと重なる。もちろんこれは仮説だ。これを実証するだけのエビデンスを僕は持ち得ていない。だって最大のキーパーソンである麻原は、もうこの世界にいない。

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