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オウム真理教

地下鉄サリン直前のオウムの状況は、今の日本社会と重複する(森達也)

2020年3月20日(金)11時05分
森 達也(作家、映画監督)

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映画『A』に出演当時は20代後半で、教団の広報副部長だった荒木。この日の取材では、質問に黙り込むことが多かった Photograph by Hajime Kimura for Newsweek Japan

17の事件(死亡者数は27人)で起訴された麻原の裁判は、初公判から8年かけて一審判決にたどり着いた(裁判の迅速化を理由に検察は途中4つの事件を取り下げた。これもとても異例だ)。この時間経過についてほぼ全てのメディアは、なぜこれほどに判決まで時間がかかるのかと弁護団を批判した。

でも死刑判決の基準とされてきた永山則夫裁判(事件数は4件で殺害された被害者数は4人)は、一審判決まで10年かかっている。被害者や起訴された事件の数を考えれば、麻原裁判は長いどころか異例なほどに短い。ところが多くの人は、麻原法廷をとても長い裁判だったと思い込んでいる。つまり前提がいつの間にか変わっている。

荒木がいま所属するアレフは、公式に認定された反社会的な存在だ。信者の多くが居住している足立区はアレフを対象とした「反社会的団体の規制に関する条例」を2010年に成立させて、報告義務や建物への立ち入り検査を合法化し、違反に対して立ち退きを強制することや過料支払いなどを明文化している。これは破防法(破壊活動防止法)から派生した団体規制法も含め、適正手続きの保証や令状主義への違反、さらには信教の自由の侵害など憲法違反の疑いがある。

「今も群衆が怖いんです」

だからやるべきではないと主張するつもりはない。でも例外的な措置であることくらいは認識しながら運用すべきだ。だってその意識が欠落したままの例外は、必ず前提になる。

「95年や96年くらいは警察やメディアからずっと包囲されていたけれど、私の身の回りの実感としては、ある程度落ち着いた時期もあったんです。でも、98年や99年くらいから今に至るまで、第二波というか社会全体の草の根的な激しい排斥運動が始まりました。普通の人たちからの敵意や憎悪が激しくなった。それを受けた自治体の住民票不受理とか、信者の子供の就学を認めないとか、私たちはそんな異常な状況にいました。でも多くの人は忘れていますね」

そこまで言ってから荒木は、「今もちょっと群衆が怖いんです」と小さな声でつぶやく。

ちょうどその時代、僕は千葉県我孫子市に住んでいた。市役所の正面玄関の横には以前から「人権はみなが持つもの守るもの」と記された大きな立て看板が置かれていた。でもある日、その横にほぼ同じ大きさで、「オウム(アレフ)信者の住民票は受理しません」と宣言する看板が設置された。住民票がなければ健康保険証や運転免許証の更新ができない。つまり基本的人権が行政によって侵害されている。さらにこの時期、適正な住民票がないのに居住しているとの理由で、信者が逮捕される事態も頻繁に起きていた。

千歩(百歩じゃ足りない)譲る。こうした特例をやむなく実施しなければならない状況であるとしたならば、せめて「人権はみなが持つもの守るもの」は撤去すべきだ。2つのスローガンが矛盾や違和感なく共存できている状況は、その後の日本社会が陥る隘路を暗示している。

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