地下鉄サリン直前のオウムの状況は、今の日本社会と重複する(森達也)
最後に荒木に、少し元気がないですね、と僕は言った。実際にこの日の荒木は、いつも以上に口数が少なかった。表情も明らかに疲れ切っている。少しだけ考えてから、「頭が働かないんですよね」と荒木は言った。「メディアからは、ちゃんと広報の仕事をしろって言われそうな気もしますけど。静かにしておいてくださいという気持ちのほうが強くて......」
そこまで言い終えてから、荒木はじっとテーブルを見つめる。やっぱり表情がない。このインタビューも相当つらいのだろうなと、ふと思う。
「僕はもう聞くことはだいたい聞いたけど」と言いながら隣に座る大橋に視線を送れば、「森監督の『A』と『A2』を見ている編集長の長岡から、これだけは聞いてほしいと言われたことがあります」と大橋は言った。
「荒木さんは今も童貞ですか?」
一瞬の間を置いてから、荒木は小さくほほ笑む。当時の教団の本拠地だった青山本部で初めて会ってから互いに20年近く齢(よわい)を重ねたけれど、その笑顔は以前のままだった。
※前編:地下鉄サリン25年 オウムと麻原の「死」で日本は救われたか(森達也)はこちら
<2020年3月24日号掲載>

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2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。