最新記事

司法

法廷で裁かれる性犯罪はごくわずか......法治国家とは思えない日本の実態

2020年2月26日(水)13時00分
舞田敏彦(教育社会学者)

性犯罪に関して、一般市民の心情では理解できないような無罪判決も出ている y-studio/iStock.

<警察に被害届を出す被害者の割合自体が極めて少なく、犯人を検挙し、起訴するまでにはさらにハードルが上がる>

昨年の10月、性犯罪被害者が刑事裁判官の研修会で講演をしたという(時事ドットコムニュース、1月27日)。裁判官に、性犯罪被害者の心理について知ってもらうためだ。

近年、一般市民には理解しがたい論理による、性犯罪の無罪判決が相次いでいる。「酷い暴力・脅迫はなく、抵抗が困難だったとは言えない」「泥酔して眠り込んだ女性への行為については、同意があると被告が思い込んだ可能性があるので故意とは言えない」......。こうした判決を読めば、機械的に法の構成要件や判例を適用するのではなく裁判官に人間の心を持ってほしい、と誰しもが感じるのではないだろうか。

上記のニュース記事では、「性犯罪では、山のように不起訴事案があり、警察に行けない人さえいる。裁判所にたどり着くのはごくわずかだということを裁判官に分かってほしい」という、弁護士のコメントが記されている。

レイプ犯を法廷に立たせるには、(1)警察が被害届を受理して捜査に踏み切ること、(2)犯人が検挙されること、(3)検察が被疑者を起訴すること、という3つの段階を経なければならない。この3つの関門を通過できる割合を出すと、「裁判所にたどり着くのはごくわずか」というのがよく分かる。

大抵の被害者は泣き寝入り

まずは(1)だ。2012年1月に法務総合研究所が実施した犯罪被害調査によると、過去5年間に強姦(現行法では強制性交等)の被害に遭った16歳以上の女性は0.27%で、これを同年齢の女性人口にかけると15万3438人となる。これが2007〜11年の5年間の推定被害者数だが、同期間の強姦事件認知件数は7224件。警察が認知した(被害届を受理した)事件数は、推定被害者数の4.71%でしかない。

これが(1)の割合だが、非常に低い。大抵の被害者は泣き寝入りで、警察に行くことすらしない。勇気を出して警察に行っても、「よくあること」「証拠がないので難しい」と、被害届をつっぱねられる。この辺りのことは、伊藤詩織氏の著書『Black Box』(文藝春秋、2017年)に書いてある。

次に(2)だ。警察が被害届を受理し、捜査した事件の何%が犯人検挙に至るか。年による変化があるが、2007〜11年の平均値は82.39%となっている。最後の(3)については、強姦罪被疑者の起訴率は同じ5年間の平均値でみて49.56%だ(法務省『検察統計』)。

(1)の通過率は4.71%、(2)は82.39%、(3)は49.56%と出た。したがって「レイプ事件の何%が裁判所に行くか」という問いへの答えは、この3つをかけ合わせて1.92%となる。推定事件数52件に1件だ。図解すると、<図1>のようになる。

data200226-chart01.png

単純な試算だが、上記の弁護士のコメントにあるように「裁判所にたどり着くのはごくわずか」という現実が如実に表れている。

最初の(1)の段階で、推定事件数の95%が闇に葬られている。多くの被害者が羞恥心や恐怖から警察に行けないためだが、女性警官の率を増やすなど、被害を訴え出やすい環境を作ることが求められる。被害者が生活の破綻を恐れるためか、家族や知人等による犯行はとくに発覚しにくい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トヨタ、中国上海にレクサスのEV工場 単独で出資

ビジネス

日経平均は続伸、トヨタの上方修正発表後に強もち合い

ワールド

フィリピン副大統領弾劾訴追、下院で必要な支持確保

ビジネス

野村HDの10-12月期、純利益は2倍の1014億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国経済ピークアウト
特集:中国経済ピークアウト
2025年2月11日号(2/ 4発売)

AIやEVは輝き、バブル崩壊と需要減が影を落とす。中国「14億経済」の現在地と未来図を読む

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 2
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギー不足を補う「ある食品」で賢い選択を
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 5
    中国AI企業ディープシーク、米オープンAIのデータ『…
  • 6
    脳のパフォーマンスが「最高状態」になる室温とは?…
  • 7
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 8
    DeepSeekが「本当に大事件」である3つの理由...中国…
  • 9
    AIやEVが輝く一方で、バブルや不況の影が広がる.....…
  • 10
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 6
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    老化を防ぐ「食事パターン」とは?...長寿の腸内細菌…
  • 9
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 10
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中