最新記事

ヘルス

シリコンバレーが行き着いた、刺激を断つ「ドーパミン・ファスティング」って何?

2019年12月5日(木)17時15分
松岡由希子

刺激の中毒をリセットする「ドーパミン・ファスティング」...... PeopleImages -iStock

<脳の刺激となるような行動を一時的に制限する「ドーパミン・ファスティング」が、最近、米国のシリコンバレーでブームとなっている......>

意欲や快楽などに関連する神経伝達物質「ドーパミン」を分泌させないように脳の刺激となるような行動を一時的に制限する「ドーパミン・ファスティング」が、最近、米国のシリコンバレーでブームとなっている。

ドーパミンの「断食療法」、刺激の中毒をリセットする

2019年8月に米カリフォルニア大学サンフランシスコ校のキャメロン・セパ博士が「ドーパミン・ファスティング」の実践ガイドをSNS「リンクトイン」で投稿すると、シリコンバレーの起業家やエンジニアたちの間で瞬く間に広がり、米紙ニューヨークタイムズや英国放送協会(BBC)など、欧米のマスメディアもこぞって採り上げている。

ドーパミンは脳の報酬系において重要な物質だ。ドーパミンが分泌されることで脳は快楽を覚え、行動の動機付けが行われる。たとえば、「甘いお菓子が食べたい」という欲求によって「食べる」という行動をし、「甘いお菓子」という報酬を受け取ることで、報酬系が活性化して、ドーパミンが分泌される。食事や飲酒、買い物、セックス、ゲーム、ギャンブル、ドラッグなどのほか、頻繁にSNSをチェックすることも、ドーパミンの分泌をもたらす報酬刺激となりうる。

報酬刺激が過剰になると、ドーパミンに対する感受性が低くなり、同レベルの快楽を得ようと、より多くの報酬刺激を求める「中毒状態」を引き起こすおそれがある。

「ドーパミン・ファスティング」は、文字通りドーパミンの「断食療法」である。食事や飲酒、SNS、インターネットなどを一時的に制限することで、脳を「リセット」して、習癖となっている行動から自らを解放しようというものだ。

一切の交流、コミュニケーションを断つという極端な例も

セパ博士によれば、あらゆる報酬刺激を断つのではなく、日常生活で問題となるような報酬刺激のみを抑制し、対面での会話や人々との交流はむしろ推奨されているが、「ドーパミン・ファスティング」を熱心に実践するあまり、SNSやメールの利用を制限するだけでなく、周りの人と目も合わせないなど、一切の交流、コミュニケーションを断つという極端な例もある。

最近、サンフランシスコに移り住んだバイオエンジニアのジェイニー・ムニョスさんは、「『今、ドーパミン・ファスティング中で、ドーパミンが分泌しすぎてはいけないので、あまり長く話せないんだ』と言う地元の起業家と出会った」と、サンフランシスコ移住初日の出来事をツイッターに投稿し、反響を呼んだ。

「刺激を減らしても、ドーパミンの分泌量そのものは減らない......」

セパ博士は「『ドーパミン・ファスティング』は認知行動療法に基づく手法だ」と主張しているが、その効果について疑問視する声もある。

英レディング大学のクララ・マケイブ准教授は、オンラインメディア「カンバセーション」への寄稿記事において、「ドーパミンは私たちの心身の機能にとって必要なものであり、ドーパミンの分泌量を減らすことはお勧めしない」としたうえで、「実際、特定の報酬刺激を制限しても、ドーパミンへの刺激を減らすことにはつながるが、ドーパミンの分泌量そのものは減らない」と述べている。

また、マケイブ准教授によれば、「ドーパミン・ファスティング」によってドーパミンの閾値が下がる可能性はあるが、報酬刺激を断っても、報酬を求める欲求を脳が止めるようにはならず、脳が「リセット」されるわけではないという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中