最新記事

少数民族

ミャンマー少数民族問題の新たな火種──仏教徒ゲリラ「アラカン軍」という難題

Minority Report

2019年11月28日(木)18時30分
今泉千尋(ジャーナリスト)

magw191128_Myanmar4.jpg

近隣の村から避難してきた家族は娘(右)が流れ弾に当たった CHIHIRO IMAIZUMI

6人家族の家長の男性(40)は自分の村で突然、銃撃戦が始まったために家族そろって避難してきたと話す。「夜の10時頃、パンという音が一発したかと思うと、すぐに数え切れないほどの銃声が鳴り響いた。急いで家を出たが、途中で娘が流れ弾に当たってしまった」

この僧院で支援活動を仕切る僧侶のナンダタラ(37)によれば、中央政府が海外の援助団体の活動を制限しているため、食料や衣料品などの生活物資は恒常的に不足。受け入れ人数が日々増加しており、避難民の健康状態も悪化しているそうだ。

この僧院は避難民に紛れたアラカン軍兵士も保護しているという疑いを掛けられ、政府から強い圧力を受けている。ナンダタラは「このまま受け入れを続けたら警察に逮捕されるかもしれないし、悪くすれば殺されるかもしれない」と不安な気持ちを吐露した。アラカン軍との内通を疑われた市民が尋問中に虐待を受けたり、国軍に不利な戦況を報道した地元メディアの記者が起訴されたりといった事態も発生している。

だが、取材中にアラカン軍を中傷する人にはほとんど会わず、ラカイン人の誰もが「アラカン軍はわれわれのために戦っている」と擁護した。ナンダタラの自室には、アラカン軍の司令官2人の写真が堂々と飾ってあった。

その一方で国軍に対するラカイン人の反感は、さらに増しているようだ。戦火はラカイン人の心のよりどころである遺跡にも及び、破壊されたものもある。地元のドライバーがその現場に進んで案内してくれ、瓦礫の前で「遺跡を壊すなんてあり得ない」と怒りをあらわにした。

失望と戦いの悪循環

「ヤンゴンに初めて行ったとき、すごくびっくりした。ビルがたくさんあって、道路も整備されていて、どこでも電気が通っている。僕の村はとても貧しくて、毎晩ロウソクの火で勉強していたから」

アウンは最大都市ヤンゴンを訪れて、初めて故郷ラカインの貧困に気付いた。自分たちの失われた権利や富を取り戻すためには戦うしかない。それが、14年前にゲリラに入隊した理由だった。

今も同じ理由でアラカン軍に続々と若者が入隊しており、既に兵数は7000人に達するという。ラカイン人にも、多数派ビルマ人に対する根深い怨嗟(えんさ)がある。かつてラカイン州に栄えたアラカン王国はベンガル湾の覇権を握る大国で、ラカイン人はその歴史に揺るぎない誇りを持っている。

1784年にビルマ人王朝に王国が滅ぼされた後も、学識の高さで知られたラカイン人は、英国の植民地政府で要職を得ていたという。だが独立後のミャンマーでは、多数派ビルマ人の言語や宗教、歴史を中心にした「ビルマナショナリズム」による国造りが進められる。その結果、他の少数民族の人々は、経済開発の恩恵や社会的地位を得る機会を失っていく。ラカイン州も同じ道をたどり、同州の貧困率は今や78%と国内平均の倍以上だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中