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ミャンマー少数民族問題の新たな火種──仏教徒ゲリラ「アラカン軍」という難題

Minority Report

2019年11月28日(木)18時30分
今泉千尋(ジャーナリスト)

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ミャウーのミャタンサウン僧院に設けられた避難民のテント CHIHIRO IMAIZUMI

だが、国軍と少数民族の調整がうまくいかず、和平協議は難航しており、現在も中国国境付近のシャン州などで、複数の武装勢力が戦闘を繰り広げている。なかでも今、勢いを増しているのが仏教徒ゲリラのアラカン軍だ。

アラカン軍は2009年に設立された比較的新しいラカイン人の武装組織。今年の1月、ラカイン州北部の警察施設への襲撃を皮切りに独立闘争を開始した。これまでに警察施設のほか国軍の交通・物流の拠点などを幾度も攻撃しており、当初は北部中心だった戦闘地域も南部や市街地にまで伸張している。10月にはラカインの州都シットウェから北部に向かうフェリーをハイジャックして、ミャンマー軍兵士や警察官およそ50人を誘拐する大胆な作戦を敢行し、海外メディアにも注目された。

ミャンマー少数民族ゲリラの大御所「カチン独立軍」から支援を受けるアラカン軍は、中国と国境を接する北部・北東部の少数民族武装勢力と結び付きが強い。「タアン民族解放軍」やコーカン人の武装勢力と北部同盟という組織を結成し、共同で作戦を行うこともある。当初は雨期が始まる5月を待たずに国軍がアラカン軍を駆逐するとみられていたが、戦闘が始まって10カ月が過ぎた今も事態は収束せず、国軍の高官にも犠牲者が出るなど被害が広がっている。

古都から消えた観光客

この紛争で激戦地になっているのが、ラカイン州北部の古都ミャウーだ。シットウェから船で4時間ほどの距離にあるミャウーは、15~18世紀に栄えた海洋国家・アラカン王国の中心部だった。数多くの仏教寺院や宮廷の遺跡がたたずむ街並みは、欧米の旅行者には知られた観光地だったが、地元の人によれば、紛争が始まってから訪れる外国人はほとんどいないという。

取材時、ミャウーには夜間の外出禁止令が出ていたものの、昼間は遺跡周辺で遊ぶ子供の姿も見られ、一見のどかだった。だが、夜半には何度か銃声を聞いた。両軍の戦闘や地雷の爆発に巻き込まれ、死傷する一般市民は後を絶たないという。現地で支援活動を行う地元NGO「ラカイン民族会議」によれば、戦闘で家を追われた国内避難民の数はラカイン州全体で既に7万人に達した。

ミャウーで約200人の避難民を受け入れているミャタンサウン僧院を訪ねると、敷地内にテントが立ち並び、広間は大勢の人であふれかえっていた。季節はちょうど雨期。日中も断続的に激しい雨が降り、誰もが疲労の色をにじませている。

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