中国資本のダム建設に反対した環境活動家の死に疑惑 インドネシア、真相を葬るため警察も関与?
中国資本のダム建設反対で、脅迫されていた
加えてワルヒ関係者などが指摘するのはシレガル氏が最近集中して取り組んでいた問題と死亡の関連性だ。
北スマトラ電力エネルギー会社が進める「バタン・トゥル水力発電ダム計画」は、工事によって建設予定地周辺の熱帯雨林やそこに生息する絶滅の恐れがある類人猿オランウータンへの深刻な影響が懸念されている。シレガル氏はワルヒで、このダム建設計画についての差し止め訴訟を主に担当していた。
ワルヒ関係者によるとシレガル氏はこの訴訟に関連して生前に何度も脅迫を受けていたことから「事故死ではなく事件性のある死の可能性がある」としている。
総額15億ドルの中国資本によるダム建設計画は生息数約800頭とされる新種の「タパヌリ・オランウータン」が生息する熱帯雨林の環境を破壊する懸念があり、国際的にも反対運動が広がっていた。
インドネシアの主要英字紙「ジャカルタ・ポスト」は、16日付け紙面にコラムニストの記事を掲載し、国際的な人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のインドネシア人活動家の「シレガル氏の疑惑に包まれた死に対し、すべての可能性に考慮した適切な調査をするべきだ」という言葉を引用して再捜査を求める立場を示した。
インドネシアでは環境問題だけでなく、人権問題や官僚、政府高官、軍人など社会的地位にある人物の汚職問題や麻薬関連事案を取材する報道陣に対して、脅迫、暴力、ときには殺人といった手段が取られるケースもある。
2009年にはバリ島で公人の不正を取材していた雑誌記者が殺害され、犯人には終身刑が言い渡されている。最近ではジャカルタ市内の学生デモを取材するテレビ局や新聞社の記者が、警察官によるデモ参加者に対する過剰暴力の様子を撮影していたところ、警察官に襲撃されたり、撮影の妨害や撮影した動画、写真の削除を強要されたりするなどの事案も起きている。
「独立ジャーナリスト連盟(AJI)」はこうした事案に対し「報道の自由」を守る観点から治安当局や政府に強い抗議をしているが、事態は改善されない状況が続いている。
このようにインドネシアのマスコミ、活動家はときに生命の危険を覚悟しなければならないというような状況で活動をしている。
シレガル氏の死因については国内外の環境団体、人権組織が強い関心を示し、警察の「アルコールの影響を受けた単独交通事故死」との見方に大きな疑問を示し、「殺害の可能性が捨てきれない」として再捜査とともに、検死結果やシレガル氏の所持品を奪った容疑者の徹底した追及が求められている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など