トルコの侵攻を黙認する見返りに、米国、ロシア、シリア政府が認めさせようとしていること
黙認への見返りに、ロシアとシリア政府が求めるもの
だが、トルコの侵攻を黙認したことへのより大きな見返りを求めてくるのは、米国ではなく、ロシアとシリア政府だ。そして、その舞台がイドリブ県となることは、シリア情勢を少しでも知っている者であれば容易に見当がつく。
ロシアとシリア政府は、2018年1月から3月にかけてトルコ軍がシリア北西部のアフリーン郡(アレッポ県)に対する侵攻作戦(「オリーブの枝」作戦)を敢行し、同地を占領することを許す見返りとして、イドリブ県東部のアブー・ズフール町一帯、ダマスカス郊外県東グータ地方、そしてダルアー県での反体制派掃討をトルコに黙認させた(拙稿「トルコのアフリーン郡侵攻、漁夫の利を得るシリア政府:シリア情勢2018(2)」Yahoo! Japan ニュース、2018年2月14日、「世紀の取引、革命発祥の地の陥落:シリア情勢2018(6)」Yahoo! Japan ニュース、2018年3月4日を参照)。「平和の泉」作戦は、こうした動きに似た新たな取引を促す可能性が高いのである。
その兆候は、現地ですでに現れている。イドリブ県では、シリアのアル=カーイダと目されているシャーム解放機構、トルコの支援を受ける国民解放戦線(シリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団、アル=カーイダ系のシャーム自由人イスラーム運動などが主導)、バラク・オバマ前米政権が支援した「穏健な反体制派」の一つのイッザ軍、さらには新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構などが抵抗を続けてきた。これに対して、シリア・ロシア軍は4月から爆撃を再開し、8月下旬までにハマー県北部のカフルズィーター市、ムーリク市、イドリブ県南部のハーン・シャイフーン市などを制圧した。
両軍は北進を続けるに見えた。だが、アスタナ会議(シリア政府と反体制武装集団の停戦を目的とする会議)の保障国であるロシア・イラン・トルコの首脳会談(9月16日)を目前に控えた8月31日、シリア・ロシア軍は一方的停戦を発表した。この首脳会談で具体的に何が協議(合意)されたかは定かではない。だが、トランプ大統領が撤退を決定する2日前の10月4日、アレッポ県北部のトルコ占領地で活動を続ける国民軍(スルターン・ムラード師団、シャーム戦線などが主導)が、トルコの要請に応えるかたちで国民解放戦線を統合したのである。これにより、トルコの支援を受けてきたイドリブ県の反体制派は糾合し、(再び)アル=カーイダ系組織と一線を画すようになり、「平和の泉」作戦開始とともに、トルコ軍とともにシリア北東部に侵攻した。
シリア・ロシア軍がイドリブ県に取り残されたシャーム解放機構やその共闘組織に掃討作戦を仕掛けるかどうか、あるいはトルコがこれを回避するために戦闘員を懐柔できるかどうかは、今のところ定かではない。だが、シリア政府とロシアは、イドリブ県全域とは言わないまでも、アレッポ市とハマー市を結ぶM4高速道路、アレッポ市とラタキア市を結ぶM5高速道路を掌握し、一方で反体制派支配地域を分断(ないしは縮小)し、他方でシリア第2の都市アレッポ市の復興を軌道に乗せようとしている。トルコはこの野望に何らかのかたちで応えることを求められるだろう。