新学期が始まった、でもフランスの子どもは字が書けない
「なぜ学校で手書きを続けなければならないのか」というパリジャン紙の質問に対し、認識心理学者のドニ・アラマルゴ教授はこう答えている。「ニュー・テクノロジーのほうはまだ、手書きに取って代わるのに十分な技術開発ができていない。子供たちは、キーボードでうまく入力するほうにばかり注意が行って文章に頭が行きません。手書きとキーボード入力では、動員する脳の領域と知識の動性が違います。鉛筆で書くときは、字に関する視覚的知識を構築すると同時に、形をなぞる運動の知識を動員するのです」
手を動かした方がいいのならタッチペンでタブレットに書いてもいいように思うが、同教授はこう言っている。「タブレットはまだ書きにくいし、手書きの文字は汚くなる。使いにくさや字の汚さを補うことに脳の力を使ってしまいます」
文字を書かなくなると文章も書けなくなる。「カタストロフです。3、4行を超えて書くことができません」と、ある高校の教頭は言う。
手書き能力の低下と学習能力の関連は前から問題視されていて、昨年3月にはフランスの全国学校制度評価評議会(Cnesco)が2015年に行った調査の分析と勧告が出されている。
求職の書類は今も手書き
それによると、たとえば第3学年(中学3年)のいくつかのキーワードを与えられて「コロンブスのアメリカ発見」について述べる試験では、生徒の60%がただ言葉を並べたり、ダラダラとまとまりのないことを書くだけで、まともな記述になっていなかった。そもそも、読みやすい字が書けていたのは全体の3分の1だけだった。
根底には国語力の低下がある。フランスでは、先生が読み上げた文章を書き取る「ディクテ」が盛んだが、単語の綴りの間違いが大幅に増えた。CM2(小学5年)を対象に行なわれた単語数67のディクテでは、1987年には綴りの間違いが5個以下だった優秀な生徒は31%、25個以上が5%だったのに対し、2015年には、5個以下はわずかに8%、25個以上が20%に増加した。
さらにその元には文字を手で書く習慣の喪失がある。
日本でも、かつて学校で普通だったHBの鉛筆は硬すぎるからと、力のいらないもっと柔らかい鉛筆が使われるようになっているとのことだが、フランスでも同じようなことが起きている。
フランスでは、アメリカと違ってタイプライターは元々あまり使わなかった。今でも求職の時には応募動機などを必ず手書きしなければならない。誓約書を書いたり大事なお願いをするときも同じだ。こういう文化があるだけに、この問題は余計深刻に捉えられている。
[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。
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