最新記事

初等教育

新学期が始まった、でもフランスの子どもは字が書けない

2019年9月20日(金)16時30分
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

「なぜ学校で手書きを続けなければならないのか」というパリジャン紙の質問に対し、認識心理学者のドニ・アラマルゴ教授はこう答えている。「ニュー・テクノロジーのほうはまだ、手書きに取って代わるのに十分な技術開発ができていない。子供たちは、キーボードでうまく入力するほうにばかり注意が行って文章に頭が行きません。手書きとキーボード入力では、動員する脳の領域と知識の動性が違います。鉛筆で書くときは、字に関する視覚的知識を構築すると同時に、形をなぞる運動の知識を動員するのです」

手を動かした方がいいのならタッチペンでタブレットに書いてもいいように思うが、同教授はこう言っている。「タブレットはまだ書きにくいし、手書きの文字は汚くなる。使いにくさや字の汚さを補うことに脳の力を使ってしまいます」

文字を書かなくなると文章も書けなくなる。「カタストロフです。3、4行を超えて書くことができません」と、ある高校の教頭は言う。

手書き能力の低下と学習能力の関連は前から問題視されていて、昨年3月にはフランスの全国学校制度評価評議会(Cnesco)が2015年に行った調査の分析と勧告が出されている。

求職の書類は今も手書き

それによると、たとえば第3学年(中学3年)のいくつかのキーワードを与えられて「コロンブスのアメリカ発見」について述べる試験では、生徒の60%がただ言葉を並べたり、ダラダラとまとまりのないことを書くだけで、まともな記述になっていなかった。そもそも、読みやすい字が書けていたのは全体の3分の1だけだった。

根底には国語力の低下がある。フランスでは、先生が読み上げた文章を書き取る「ディクテ」が盛んだが、単語の綴りの間違いが大幅に増えた。CM2(小学5年)を対象に行なわれた単語数67のディクテでは、1987年には綴りの間違いが5個以下だった優秀な生徒は31%、25個以上が5%だったのに対し、2015年には、5個以下はわずかに8%、25個以上が20%に増加した。

さらにその元には文字を手で書く習慣の喪失がある。

日本でも、かつて学校で普通だったHBの鉛筆は硬すぎるからと、力のいらないもっと柔らかい鉛筆が使われるようになっているとのことだが、フランスでも同じようなことが起きている。

フランスでは、アメリカと違ってタイプライターは元々あまり使わなかった。今でも求職の時には応募動機などを必ず手書きしなければならない。誓約書を書いたり大事なお願いをするときも同じだ。こういう文化があるだけに、この問題は余計深刻に捉えられている。

hirooka-prof-1.jpg[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。

190924cover-thum.jpg※9月24日号(9月18日発売)は、「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集。終わりなき争いを続ける日本と韓国――。コロンビア大学のキャロル・グラック教授(歴史学)が過去を政治の道具にする「記憶の政治」の愚を論じ、日本で生まれ育った元「朝鮮」籍の映画監督、ヤン ヨンヒは「私にとって韓国は長年『最も遠い国』だった」と題するルポを寄稿。泥沼の関係に陥った本当の原因とその「出口」を考える特集です。


20241126issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中