数千人が行方不明になったハリケーン「ドリアン」 私を救った1本のロープ
宙を舞う石や瓦礫
ホテルのロビーで、友人のミシェルに偶然出くわした。彼女はフィットネス/ダンスのインストラクターで、この近所に住んでいる。彼女は避難場所を求め、小さな救命犬「ココ」とともにホテルまで泳いできた。「ココ」はプードルとテリアの雑種で、ハリケーンにも動じていないように見えた。
嵐による高潮を警戒して、私たちはロビーから2階にある私の部屋に上がった。途中で、やはり避難場所を探していた地元メディア関係者3人と出会った。
荒れ狂うハリケーンは容赦なく続き、私は外界との連絡手段をすべて失った。その状態は36時間ほど続いた。あの規模のハリケーンが、それだけの時間、ほぼ同じ場所に滞留するのは異例だ。あたりには暴風で巻き上げられた潮の香りが漂い、音を立てて吹きすさぶ風に鎮まる気配はなかった。
部屋の海に面した側にはバルコニーがあり、ハリケーンにも耐える驚くほど頑丈なフェンスで囲まれていたが、そのフェンスも崩れ始めた。
私は、従兄弟に言われて持参してきた長いロープで、フェンスを固定した。
暴風で吹き上げられた石や瓦礫が宙を舞っており、そのフェンスが私たちを守ってくれなければ、いつ命を落としても不思議はなかっただろう。
安堵が絶望に
ハリケーンが去った後、見る影もなく変わり果てた風景に足を踏み入れた。「フロント・ロード」に近い波止場の厚板は、ほぼ残らず剥ぎ取られていた。頑丈な鉄骨とセメントで作られた住宅やビルでさえ、まるでレゴで作られたかのように打ち倒されていた。
アバコ産の松は耐久性の高さゆえにバハマ諸島の人たちに愛されてきた建材だが、その松で作られた有名な2階建てのビルも、基礎から押し倒されて、道路に横たわっていた。
下見板張りの老朽化した家々が並ぶ「ザ・マッド」と呼ばれる近所の地域は、跡形もなく潰れていた。大気中には死臭が漂っていた。
ハリケーンが去ったとはいえ、人々には何一つ残されていなかった。彼らは命が助かったことに安堵していたが、食料など必需品の供給は限られていた。安堵はまもなく絶望に転じ、至るところで略奪が発生した。
あのような情景はこれまで見たことがない。次のハリケーンを取材するときはどのように感じるのだろう、と思ってしまう。
だが次の取材の機会が来ても、私はもうサバイバルのための非常に重要なスキルをいくつか身につけている。緊急持ち出し用品に加えておくべき基本的な品もいくつか分かっている。
その1つは、完全防水の袋だ。乾いた下着がどれほど重要かは言葉に尽くしがたい。
そして、欠かせないものはもうひとつ、1本のロープである。
(翻訳:エァクレーレン)
[マーシュハーバー(バハマ) ロイター]
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