最新記事

災害

数千人が行方不明になったハリケーン「ドリアン」 私を救った1本のロープ

2019年9月13日(金)11時48分

宙を舞う石や瓦礫

ホテルのロビーで、友人のミシェルに偶然出くわした。彼女はフィットネス/ダンスのインストラクターで、この近所に住んでいる。彼女は避難場所を求め、小さな救命犬「ココ」とともにホテルまで泳いできた。「ココ」はプードルとテリアの雑種で、ハリケーンにも動じていないように見えた。

嵐による高潮を警戒して、私たちはロビーから2階にある私の部屋に上がった。途中で、やはり避難場所を探していた地元メディア関係者3人と出会った。

荒れ狂うハリケーンは容赦なく続き、私は外界との連絡手段をすべて失った。その状態は36時間ほど続いた。あの規模のハリケーンが、それだけの時間、ほぼ同じ場所に滞留するのは異例だ。あたりには暴風で巻き上げられた潮の香りが漂い、音を立てて吹きすさぶ風に鎮まる気配はなかった。

部屋の海に面した側にはバルコニーがあり、ハリケーンにも耐える驚くほど頑丈なフェンスで囲まれていたが、そのフェンスも崩れ始めた。

私は、従兄弟に言われて持参してきた長いロープで、フェンスを固定した。

暴風で吹き上げられた石や瓦礫が宙を舞っており、そのフェンスが私たちを守ってくれなければ、いつ命を落としても不思議はなかっただろう。

安堵が絶望に

ハリケーンが去った後、見る影もなく変わり果てた風景に足を踏み入れた。「フロント・ロード」に近い波止場の厚板は、ほぼ残らず剥ぎ取られていた。頑丈な鉄骨とセメントで作られた住宅やビルでさえ、まるでレゴで作られたかのように打ち倒されていた。

アバコ産の松は耐久性の高さゆえにバハマ諸島の人たちに愛されてきた建材だが、その松で作られた有名な2階建てのビルも、基礎から押し倒されて、道路に横たわっていた。

下見板張りの老朽化した家々が並ぶ「ザ・マッド」と呼ばれる近所の地域は、跡形もなく潰れていた。大気中には死臭が漂っていた。

ハリケーンが去ったとはいえ、人々には何一つ残されていなかった。彼らは命が助かったことに安堵していたが、食料など必需品の供給は限られていた。安堵はまもなく絶望に転じ、至るところで略奪が発生した。

あのような情景はこれまで見たことがない。次のハリケーンを取材するときはどのように感じるのだろう、と思ってしまう。

だが次の取材の機会が来ても、私はもうサバイバルのための非常に重要なスキルをいくつか身につけている。緊急持ち出し用品に加えておくべき基本的な品もいくつか分かっている。

その1つは、完全防水の袋だ。乾いた下着がどれほど重要かは言葉に尽くしがたい。

そして、欠かせないものはもうひとつ、1本のロープである。

(翻訳:エァクレーレン)

Dante Carrer

[マーシュハーバー(バハマ) ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2019トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、クルスク州の完全奪回表明 ウクライナは否定

ワールド

トランプ氏、ウクライナへの攻撃非難 対ロ「2次制裁

ワールド

イラン南部の港で大規模爆発、14人死亡 700人以

ビジネス

アングル:ドバイ「黄金の街」、金価格高騰で宝飾品需
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 9
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中