メディアによって拡散される市街劇「香港」の切り取られかた
ただ、この「完全版」に関しても編集されており、例えば場面の前後を入れ替えるなどの方法で意図を強調されている可能性は捨てきれない。結局何が真実かは、現場にいなければ(ひょっとしたらいたとしても)わからないのだ。
この一連の騒動は非常に敏感であるという事で、6月にデモが始まった当初は中国でもあまり報道されなかった。記憶の限りでは、7月21日の元朗 での地元やくざによるデモ参加者襲撃事件のあたりから、次第に報道されるようになってきたように感じる。当初周囲の友人も「香港は怖いね」といった程度であったが、それが一気にデモ隊に対する反感に変わったのが8月13日 、香港国際空港での記者リンチ事件だったと思う。
空港で殴られた記者の「身分」
発生当日、デモ隊を擁護する側からは「環球時報はメディアではない、奴は偽記者のスパイだ」といった声もあがったが、結局翌日には謝罪声明が出された。人民日報グループである環球時報は中国共産党に属することは事実だが、だからといって取り囲んで暴行を加え、所持品を勝手に漁るのが正しい行為でないのは当然だ。
それに加え中国人の感情を沸騰させたのがデモ隊によって拘束された記者が現場で叫んだ「我支持香港警察,你们可以打我了(私は香港警察を支持する者だ、だからお前たちは俺を殴れ!)」という台詞だ。この様子は映像 が残っており、中国側報道素材に使われた。これが中国人には「硬骨漢だ」「勇気ある行動だ」と絶賛され、逆にデモ側が暴力的であるという印象を強く与えた。今まで香港についてほとんど触れなかった比較的温厚な友人たちもこの件ではWeChatなどで一斉にこの事件を非難する投稿などをシェアしていた。
しかし直後にはこの時殴打された若い「記者」付国豪は実は中国の情報機関である国家安全部の第四部が所有する建物に居住し、所持していた銀行カードが本名ではない(中国では特殊な身分であれば偽名での口座保有ができるという)というカウンター情報も流された。中国の政府系メディアは党や政府の宣伝機関と定義されており、所属する記者の役割も我々が想像するいわゆるジャーナリストとしてのものだけではない可能性があるという前提もある。現場でどのようなやりとりがあった上で暴行に繋がったのかはわからないし、何があったとしても暴力は肯定されない。しかしカメラが回っていない場所で記者側が挑発的な行動をとった可能性も否定はできないだろう。
双方が仕掛ける映画顔負けの欺瞞の応酬
映画『インファナル・アフェア』3部作は警察に潜入したマフィアとマフィアに潜入した捜査官を描いた香港ノワール映画の金字塔だ。今の香港ではその映画と同じかそれ以上の複雑さで様々な勢力が身分を偽装し、お互いを騙しあう事が現実に起こっている。大規模デモが起こった6月中旬より、警官隊の中に広東語を理解しない警官(=中国からの増援?)が混じっているという噂は流れていた。そして8月前半には警官がデモ隊の服装に着替える映像が出回る(のちに当局も警官を変装させてデモ参加者を逮捕している事を認めている )。8月13日夜に起きた「偽記者暴行事件」はこうした事情でデモ隊側が内鬼(=自陣に潜入した敵側のスパイ)の存在に神経をとがらせていた時期だったことが背景にある。その後8月31日にもデモ隊の服装をした人物が同じデモ隊を拘束する写真が出回った。
しかしこうした欺瞞工作は警察側だけの専売特許ではない。親中国とされる大公報 によると、9月2日に検挙した「暴徒」の所持品から大量の偽記者証が押収され、前日に旺角で記者に偽装して警察行動を妨害していたとされた一群との関係が指摘された。
ただこの件はこれで終わらない。私は試しにこの写真に表示されている記者証に記された「柒傳媒」という社名を百度やGoogleで検索してみたが、まったく関連しそうな情報が見つからない。つまり、そもそも存在しないメディアの記者証(偽「偽記者証」)である可能性もあるのだ。何より、広東語では「柒」という字は粗口(悪口)として理解される。この字のニュアンスは悪口のバリエーションに乏しい日本語には訳しづらいが、大まかには「バカ」という意味になる。さて、果たしてどこのメディアが自社の名前に「バカ」を入れるのだろう?
こうしたニュースは読めば読むほど表が裏になり、裏が表になって、そして裏の裏は必ずしも表にならず、結局何が真相なのかわからないままふわっとした「印象」だけを残して消費されていく。