最新記事

香港

メディアによって拡散される市街劇「香港」の切り取られかた

2019年9月6日(金)17時00分
林毅

各所で上演されるメディア向け「スペクタクル」

linyi190906pic-sub2.jpg
8月31日、最も盛り上がった香港特別行政区本部前`の衝突現場。警官隊と対峙するデモ隊最前列(手前)の間にメディアの隊列が入り込み、撮影する。後方が、警官隊が陣取る本部入り口 Lin Yi


デモ側はこれが「覇権主義の中国による、一国二制度で保障されているはずの香港の一定程度の独自性に対する挑戦である」というアングルで報道させて他国の支持を得たい思惑がある。逆に中国側からすればこれは「一部の(以前の合意を反故にして香港独立を訴える)暴徒が起こした無軌道な騒乱」であるという立場を主に国内向けに訴える必要がある。結果として現場は欧米系、香港系、中国系メディアなどが入り乱れる過密地帯となっている。場合によってはデモ隊や警官隊と同じくらいの人数の記者たちがカメラを構えて「それぞれが望む決定的瞬間」を狙っているのだ。

linyi190906pic-sub3.jpg

人民日報によるSNS投稿「彼(=警察官)の『レンズ』だけが暴徒を捉えている」。メディアが「起こっている事」より「自分が撮りたいもの」に群がる様子を皮肉っている。しかし視点をずらすと、この警察官の前にデモ隊がいるかどうかもまた、定かではない

読者・視聴者は彼らが撮った迫真の写真や動画を見る事になるが、その中にはメディアの姿は映り込まない。しかしその光景を現場で一歩離れた所から見ると、これらは記者によって十重二十重に囲まれた場所で演じられるパフォーマンスにも見えてくる。デモ隊も警官隊もそれぞれに真面目に役割をこなしている事は疑いようもないが、その真面目さは「役者が真面目に役を演じている」のと同じ種類だ、と言ったら怒られてしまうのかもしれないが。

我々は切り取られた「ニュース」をどう受け止めるべきか

そもそも現実は非常に多面的で流動的だ。また、こうした大きな出来事は、たとえ現場にいたとしても、立つ場所と時間、向いている方向で見える景色はまったく違うものに成り得る。そしてそこにいなければなおさら、実際に何が起こったかを知る事は難しい。個人が気軽に情報発信できるようになった事には素晴らしい面がある事は確かだが、同時に雑多な情報が増える事もまた事実だ。

加えてこうした政治に関わる問題においては、流される情報は自らの立場に沿った強いフレーミングとバイアスがかかり、場合によってはそこに完全なるフェイクニュースも混ざってくる。そうした情報に曝される状況で、大きな興味も基礎知識もない事柄に対して正しい選球眼をもつ事は難しく、大多数の普通の人々にとって現実的でもない。しかしこの記事も含めて、自分たちの元に届けられる「ニュース」「つぶやき」の多くが誰かの意図や願望の元に味付けされ、発信されているという事には今まで以上に注意を払ってもいいのだろうと思う。

9月4日夕刻、元々の発端であった逃亡犯条例の法案が撤回にむけ正式に動き出した。6月9日から2000時間以上にわたって上演され続ける市街劇にはこの先、どのような展開が用意されているのだろう。

LinYi-Profile_small.jpg[筆者]
林毅
ライター・研究者
広義のジャーナリズムやプロパガンダをテーマに研究を行う。
Twitter -> @Linyi_China
Blog -> 辺境通信

20190910issue_cover200.jpg
※9月10日号(9月3日発売)は、「プーチン2020」特集。領土問題で日本をあしらうプーチン。来年に迫った米大統領選にも「アジトプロップ」作戦を仕掛けようとしている。「プーチン永久政権」の次なる標的と世界戦略は? プーチンvs.アメリカの最前線を追う。


ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:サウジ皇太子擁護のトランプ氏、米の伝統的

ビジネス

午前のドルはドル157円前半でもみ合い、財務相の円

ワールド

対米投資、為替に影響ないよう「うまくやっていく」=

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、「やや制約的な政策を続け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中