最新記事

東南アジア

インドネシアでパプア人がデモ、一部で暴徒化 警察による差別発言に一斉反発

2019年8月20日(火)19時23分
大塚智彦(PanAsiaNews)

国家のタブーSARAに抵触を懸念

インドネシアには国家的タブーとされ、触れることを極力回避する問題として「SARA(種族、宗教、人種、社会集団)」がある。今回のパプア問題はこのSARAの「種族」に触れる問題となっている。それが大統領をはじめとする各界の人びとがいち早く事態の沈静化に乗り出した一因とされている。「放置すれば国家の統一に関わる重大問題になりかねない」危険性をはらんでいるからだ。

パプア地方は経済的、社会的に最も開発の遅れた地域で、山間部のパプア人の男性はペニスサックだけ、女性は腰蓑だけという昔ながらの生活様式を保ち、OPMのゲリラも一部は槍や弓で武装している。

これが多数を占めるジャワ人など非パプア人のインドネシア人による優越感となって差別意識を生んでいるとの見方が強い。

実際、8月17日の独立記念日にジャカルタの大統領官邸で行われた記念式典でもそうした場面があった。大統領はじめ招待客の多くがインドネシア各地の民族衣装をまとって参列したが、大統領警護隊の中には上半身裸で腰蓑だけという「パプア人の格好をした非パプア人の男性」もおり、テレビ中継を通じてその姿は全国に流れた。

パプア人は自分たちの民族衣装が"腰蓑だけで上半身裸に裸足"とされ、それが象徴とされることに内心羞恥心とともに侮辱されていると感じている。パプアを訪れれば分かるが、上半身裸の人はいてもきちんとズボンを履き、靴を履いている。そうしたパプア人の微妙な心理を非パプア人であるインドネシア人が配慮したり理解することが求められている。

同じ17日にはパプア州の州都ジャヤプラにあるホテルで独立記念日を祝うために従業員がパプアの民族衣装を身に着けて式典に参加したというニュースも流れた。従業員は男女とも腰蓑姿だったが、女性は上半身にはシャツを着ていた。

2024年までの5年間政権を継続するジョコ・ウィドド大統領にとって、圧倒的多数を占めるイスラム勢力によってないがしろにされかねない国是「多様性の中の統一」を死守するためにも、今回のパプア人問題のような「アイデンティティーに関わる問題」そしてタブーである「SARAに挑戦するような問題」には正面から取り組むことが求められている。

19日に騒乱状態となったパプア各都市で事態は沈静化しているが、パプアの人びとの差別、蔑視に対する心中の怒りのマグマは決して収まっていない。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


20190827issue_cover200.jpg ※8月27日号(8月20日発売)は、「香港の出口」特集。終わりの見えないデモと警察の「暴力」――「中国軍介入」以外の結末はないのか。香港版天安門事件となる可能性から、武力鎮圧となったらその後に起こること、習近平直属・武装警察部隊の正体まで。また、デモ隊は暴徒なのか英雄なのかを、デモ現場のルポから描きます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米3月小売売上高1.4%増、約2年ぶり大幅増 関税

ワールド

19日の米・イラン核協議、開催地がローマに変更 イ

ビジネス

米3月の製造業生産0.3%上昇、伸び鈍化 関税措置

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 米関税で深刻な景気後退の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 9
    あまりの近さにネット唖然...ハイイログマを「超至近…
  • 10
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 10
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中