インドネシアでパプア人がデモ、一部で暴徒化 警察による差別発言に一斉反発
国家のタブーSARAに抵触を懸念
インドネシアには国家的タブーとされ、触れることを極力回避する問題として「SARA(種族、宗教、人種、社会集団)」がある。今回のパプア問題はこのSARAの「種族」に触れる問題となっている。それが大統領をはじめとする各界の人びとがいち早く事態の沈静化に乗り出した一因とされている。「放置すれば国家の統一に関わる重大問題になりかねない」危険性をはらんでいるからだ。
パプア地方は経済的、社会的に最も開発の遅れた地域で、山間部のパプア人の男性はペニスサックだけ、女性は腰蓑だけという昔ながらの生活様式を保ち、OPMのゲリラも一部は槍や弓で武装している。
これが多数を占めるジャワ人など非パプア人のインドネシア人による優越感となって差別意識を生んでいるとの見方が強い。
実際、8月17日の独立記念日にジャカルタの大統領官邸で行われた記念式典でもそうした場面があった。大統領はじめ招待客の多くがインドネシア各地の民族衣装をまとって参列したが、大統領警護隊の中には上半身裸で腰蓑だけという「パプア人の格好をした非パプア人の男性」もおり、テレビ中継を通じてその姿は全国に流れた。
パプア人は自分たちの民族衣装が"腰蓑だけで上半身裸に裸足"とされ、それが象徴とされることに内心羞恥心とともに侮辱されていると感じている。パプアを訪れれば分かるが、上半身裸の人はいてもきちんとズボンを履き、靴を履いている。そうしたパプア人の微妙な心理を非パプア人であるインドネシア人が配慮したり理解することが求められている。
同じ17日にはパプア州の州都ジャヤプラにあるホテルで独立記念日を祝うために従業員がパプアの民族衣装を身に着けて式典に参加したというニュースも流れた。従業員は男女とも腰蓑姿だったが、女性は上半身にはシャツを着ていた。
2024年までの5年間政権を継続するジョコ・ウィドド大統領にとって、圧倒的多数を占めるイスラム勢力によってないがしろにされかねない国是「多様性の中の統一」を死守するためにも、今回のパプア人問題のような「アイデンティティーに関わる問題」そしてタブーである「SARAに挑戦するような問題」には正面から取り組むことが求められている。
19日に騒乱状態となったパプア各都市で事態は沈静化しているが、パプアの人びとの差別、蔑視に対する心中の怒りのマグマは決して収まっていない。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
※8月27日号(8月20日発売)は、「香港の出口」特集。終わりの見えないデモと警察の「暴力」――「中国軍介入」以外の結末はないのか。香港版天安門事件となる可能性から、武力鎮圧となったらその後に起こること、習近平直属・武装警察部隊の正体まで。また、デモ隊は暴徒なのか英雄なのかを、デモ現場のルポから描きます。