最新記事

軍事

福澤諭吉も中江兆民も徴兵制の不公平に注目した──日本における徴兵制(4)

2019年7月26日(金)11時45分
尾原宏之(甲南大学法学部准教授) ※アステイオン90より転載

第二に、軍事力のありかたは、国家のありかたに直接関係するということである。民権派のなかには、国民の政治参加の拡大と兵役義務の負担を不可分のものとして捉える者がいた。志願兵制を主張した論者は、個々人の自由の保護をなによりも重視した。小野梓は国民皆兵制の徹底によって暴政を抑え込めると信じた。中江兆民は、民兵制による平等の実現と国民意識の覚醒を訴えた。福澤諭吉は、「経済的徴兵制」ともいえる「兵役税」制度と短期入営制度の導入によって、「士気」というワクチンを広く国民に注入しつつ、民間の発展を阻害しない兵制を目指した。それぞれの論者の兵制論は、どのような国家を目指すのかという問題と不可分のものとして構想されている。

冒頭で紹介した徴兵嫌悪者の韓国人カン君に、フランスで導入される新しい国民奉仕制度に参加できるかどうか聞いてみた。そこには彼の嫌う軍隊での活動も含まれるかもしれない。

意外にも答えは「参加してもいい」というものだった。さらに尋ねてみた。「では、同じ制度が韓国で導入されたとしたら?」

カン君は即座に「それはイヤです」といい切った。彼には、韓国の兵役拒否者を難民として受け入れ、言葉を教え、仕事を斡旋したフランスという国になみなみならぬ尊敬の念があるらしい。軍隊どころか、あらゆる集団生活に耐えられない現代青年のカン君が参加する気になるということは、その国のために働く上で国家が提示する価値観はやはり重要だということだろう。「日本で導入されたとしたら?」という質問は聞き忘れた。

尾原宏之(Hiroyuki Ohara)
1973年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京都立大学大学院社会科学研究科単位取得退学。博士(政治学)。NHK、首都大学東京助教などを経て、現職。専門は日本政治思想史。著書に『大正大震災』『娯楽番組を創った男』(ともに白水社)、『軍事と公論』(慶應義塾大学出版会)など。

当記事は「アステイオン90」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン90
 特集「国家の再定義――立憲制130年」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


20241126issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

メキシコ大統領、強制送還移民受け入れの用意 トラン

ビジネス

Temuの中国PDD、第3四半期は売上高と利益が予

ビジネス

10月全国消費者物価(除く生鮮)は前年比+2.3%

ワールド

ノルウェーGDP、第3四半期は前期比+0.5% 予
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中