志願兵制と徴兵制はどちらが「自由」なのか?──日本における徴兵制(3)
小野は、国民皆兵制は強制的服役をともなうので個々人の自由を侵害する制度だと誤解されているが、事実は逆だと訴える。国民皆兵制は、特定の人々が軍事力を掌握し、一般国民が奴隷状態に置かれかねないほかの制度より、はるかに「自由」を増進する制度なのである。つまり小野は、徴兵制の強化によって国民全体の自由を軍から守ることができると信じていた。
これが楽観的な展望であったことは、その後の歴史を見れば明らかであろう。大石正巳のような、専制政府の下では志願兵制だろうと徴兵制だろうと武力濫用の危険性は変わらないという見方のほうが、正しかったように思われる。だとするならば、兵制が政治のありかたを左右するのではなく、政治のありかたが兵制を左右すると考えたほうがよさそうである。
ただし、小野は国民皆兵制にも問題があると考えた。兵役によって、青年が将来に向けた準備をする大切な年月が失われることである。小野は、服役期間を短縮するために小学校の体操に「操銃」教育を導入することを主張した。兵式体操は、のちの悪名高い学校教練の祖型として知られるが、明治期の兵式体操導入論は、多くの場合現役兵の負担軽減策として提案されている。学校で基礎的な軍事教育を行っておけば、実際に入営して訓練する時間を省略でき、結果として早く帰郷できると考えられるからである。一八七九年、徴兵令改正に関する元老院会議で提起されたが実現しなかった兵式体操導入案も、第一の目的は服役期間短縮であった。
※第4回:福澤諭吉も中江兆民も徴兵制の不公平に注目した──日本における徴兵制(4)
尾原宏之(Hiroyuki Ohara)
1973年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京都立大学大学院社会科学研究科単位取得退学。博士(政治学)。NHK、首都大学東京助教などを経て、現職。専門は日本政治思想史。著書に『大正大震災』『娯楽番組を創った男』(ともに白水社)、『軍事と公論』(慶應義塾大学出版会)など。
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