最新記事

百田尚樹現象

【百田尚樹現象】「ごく普通の人」がキーワードになる理由――特集記事の筆者が批判に反論する

2019年6月27日(木)17時00分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

「ごく普通」とハンナ・アーレント

しかし、これだけを読んでも何が起きているかはわかりません。私とニューズウィーク日本版編集部は、単に反論するのではなく、特集記事の全文をウェブに公開することにしました。このテキストをめぐる読解は多くの問題を内包していると考えるからです。その理由を少しばかり書いておきます。

津田氏は自身のツイッターのなかで「百田尚樹=普通の人」と位置付けた根拠の一つをこのように説明しています。

《「善良」と(彼の主観であるとはいえ)地の文で言い切っていたので、「石戸は百田を『ごく普通の人』と位置づけた」と書きました》

これを読んで、妙に得心したのは「善良」と「普通」をこういう形で結びつけて読む人がいるのか、ということでした。日本語の「善良」のなかに「ごく普通」という意味はなく、善良とは「正直で素直なこと。また、そのさま」(日本国語大辞典)であり、普通とは「ごくありふれていること」(同)なのですが、それは瑣末な問題です。

私が「ごく普通」という言葉を使うときに、むしろ意識していたのは第二次世界大戦を経験し、全体主義について思考を続けた政治哲学者ハンナ・アーレントの大衆社会論です。特に大事だったのが、目の前の現実から離れ、誰かが作った「虚構の世界への逃避」が全体主義の原動力になったという分析でした。

逃避する「虚構」の論理はまったくの陰謀論でも、架空の歴史でもなんでもいいと読解でき、今読んでも、否、今だからこそ、アーレントの文章はぞっとします。

特集にあたり、自分に課したルールがあります。それはホックシールドの言う「感情のルール」を超えて、思考することです。日本でも欧州やアメリカのような形で、より露骨に――それは現政権よりも露骨な形で――右派的な政治潮流がさらに強まる可能性があるのではないか。その芽はどこにあるのか。

自分が見たい世界、真実と感じられる物語を離れて、対象に接近をしないと見えてこないものがあります。すべてに迫ることはできないまでも、取材を通して、思考することでヒントくらいは掴みたいと思っていました。

それが、どこまで成功しているかは読者の皆様の判断に委ねたいと思います。

20190604cover-200.jpg
※6月4日号(5月28日発売)は「百田尚樹現象」特集。「モンスター」はなぜ愛され、なぜ憎まれるのか。『永遠の0』『海賊とよばれた男』『殉愛』『日本国紀』――。ツイッターで炎上を繰り返す「右派の星」であるベストセラー作家の素顔に、ノンフィクションライターの石戸 諭が迫る。百田尚樹・見城 徹(幻冬舎社長)両氏の独占インタビューも。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国の尹政権、補正予算を来年初めに検討 消費・成長

ビジネス

トランプ氏の関税・減税政策、評価は詳細判明後=IM

ビジネス

中国アリババ、国内外EC事業を単一部門に統合 競争

ビジネス

嶋田元経産次官、ラピダスの特別参与就任は事実=武藤
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中