アメリカ心理学会「体罰反対決議」の本気度──親の体罰を禁じるべき根拠

2019年6月21日(金)17時15分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

evgenyatamanenko-iStock

<体罰の悪影響は科学的にも証明され、既に54カ国で家庭での体罰が違法とされている。6月19日、しつけとしての体罰を親に禁じる改正法を成立させた日本が、体罰の悪影響を直視すべきこれだけの理由>

科学的な議論の蓄積に対し、政治が無視を決め込むことはしばしばある。例えば、体罰の悪影響が科学的に証明されているにもかかわらず、政治的な対応がなされてこなかったこともその一つだ。

2019年初頭から、千葉県野田市での少女虐待死事件などを受けようやく国会で「体罰禁止法」を作成しようという動きが活発化した。今年5月には、児童虐待防止法に体罰禁止が明記された。

そして6月19日、しつけとしての体罰を親に禁じる改正児童虐待対策関連法が参院本会議で可決、成立。一部を除いて2020年4月1日に施行されることになった。民法が規定する親の子どもに対する「懲戒権」のあり方についても、改正法施行後2年をめどに検討するとした。このような動きは歓迎すべきだが、体罰論議を注視してきた立場としては、「もっと早く出来たのではないか」と思わざるを得ない。

世界を見渡せば、2018年の段階で既に54カ国が家庭での体罰を法律で禁じている(Global Initiative to End All Corporal Punishment of Children, 2019)。日本でも最近の世論調査では、体罰の法的規制に賛成多数の結果が出ている。(朝日新聞デジタル、2019年2月18日)。

一方で、体罰規制については未だに反対意見もあるようだ。例えば自民党の厚生労働相経験者は、「電車内で泣く子どもに『静かにしなさい』と腕をつかんだり、おしりをたたいたりするのも体罰と言うのか」(東京新聞、2019年3月20日)と述べ、他の与党保守派議員も「家族の在り方に踏み込むべきでない」(毎日新聞、2019年2月17日)と述べている。

また、6月3日の産経新聞は、「懲戒権がないからと手をこまねく事態は最悪であろう。懲戒権については、廃止ありきの議論ではなく、その内容を精査、検討すべきである」との「慎重論」を社説として掲載した(産経新聞,2019年6月3日)。

規制に反対、あるいは慎重なだけでなく、むしろ体罰を推奨する人々もいる。著名な保守論客が多く参加していた「体罰の会」は、「子供には体罰を受ける権利があります」「体罰を受けた子供は進歩します」などと主張してきた。

現在はサイトが削除されているものの、「体罰の会」ウェブサイト内に設けられた「体罰に関するQ&Aコーナー」では、体罰による暴力の連鎖やトラウマについて、「誰か確認したのでしょうか」「マスコミの歪曲」「体罰世代の我々のどこにトラウマが残っているのか」などと「反論」(?)を繰り広げるなど、過激かつ非科学的な主張を続けてきたのである(戸塚, n.d.)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政府、ウクライナに59億ドルの軍事・財政支援 新

ワールド

カーター氏死去、中国主席が深い哀悼の意 「国交樹立

ワールド

シリア暫定政府、ウクライナと戦略的パートナーシップ

ビジネス

中国、困窮者への支援強化を地方政府に指示 春節に向
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリスマストイが「誇り高く立っている」と話題
  • 3
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千年稼働」の世界
  • 4
    「弾薬庫で火災と爆発」ロシア最大の軍事演習場を複…
  • 5
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 6
    わが子の亡骸を17日間離さなかったシャチに新しい赤…
  • 7
    キャサリン妃の「結婚前からの大変身」が話題に...「…
  • 8
    スターバックスのレシートが示す現実...たった3年で…
  • 9
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 10
    生活保護はホームレスを幸せにするか、それを望んで…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 4
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 9
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 10
    わが子の亡骸を17日間離さなかったシャチに新しい赤…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中