シリアのイドリブ県で戦闘が激化するなか、政府軍が再び化学兵器攻撃か?
シリア・ロシア両軍による激しい攻撃再開
クバイナ丘での塩素ガス使用疑惑は、シリア・ロシア両軍が、イドリブ県を中心とする反体制派支配地域、すなわち緊張緩和地帯第1ゾーンへの爆撃を強め、シリア軍地上部隊が同地への進攻を開始するなかで浮上した。
シリアにおける停戦の保障国であるロシアとトルコは2018年9月、緊張緩和地帯とシリア政府支配地域の境界に非武装地帯を設置することを合意、トルコはそこから過激派(シャーム解放機構など)を排除することを誓約した。攻撃は、トルコがこの合意を履行しない(できない)ことに業を煮やすかたちで始められ、4月30日以降に激しさを増していった。
シリア・ロシア両軍は、学校、病院、ホワイト・ヘルメットの拠点、さらには民家を狙った。シリア人権監視団によると、5月19日現在、492人の死亡が確認されており、うち173人が民間人だという。また国連によると、15万人が爆撃・砲撃や戦闘を避けて家を離れ、その一部は「オリーブの枝」地域、「ユーフラテスの盾」地域と呼ばれるトルコ占領下のアレッポ県北西部への避難を余儀なくされているという。
イドリブ県は誰の手の中にあるのか?
英仏独の外務省は5月13日の共同声明で、「住宅地への爆撃」、「無差別砲撃」、「樽爆弾」、「学校や医療センターへの攻撃」、「国際人道法へのあからさまな違反」といった言葉を連ねて、ロシアとシリア政府を非難した。だが、こうした非難が当てはまるほど、事態は単純ではない。
反体制派の最後の牙城とされるイドリブ県およびその周辺地域は、トルコ占領下のアレッポ県北西部とともに、シリア軍に敗れても、なお抵抗を続けようとする反体制派とその家族が身を寄せて、在外活動家がその自由と尊厳のために連帯を呼びかける場所である。
同地では長らく、地元評議会、自由警察、そしてホワイト・ヘルメットなどと称する活動家たちが、それぞれの市町村の自治、治安、そして医療などの福祉を担い、多くの反体制武装集団がこれに混在していた。そのなかには、シャーム解放機構のほか、トルキスタン・イスラーム党など外国人を主体とする武装集団、フッラース・ディーン機構といった新興のアル=カーイダ系組織もおり、彼らは自由シリア軍諸派や革命家を自称する活動家と離合集散を繰り返しつつ、一定の秩序のもとで共生してきた。
2019年1月になると、筆者が「反体制派のスペクトラ」と称してきたこうした状況に新たな変化が生じた。シャーム解放機構と自由シリア軍国民解放戦線が支配領域をめぐって抗争を激化させ、シャーム解放機構が緊張緩和地帯第1ゾーンのほぼ全域の治安・軍事権限を掌握したのである。
国民解放戦線は、トルコの支援を受けて2018年5月に結成された連合体で、シリア・ムスリム同胞団の系譜を汲むシャーム軍団、アル=カーイダの系譜を汲むシャーム自由人イスラーム運動、そしてオバマ前政権の支援を受け、かつてはシャーム解放機構に参加していたヌールッディーン・ザンキー運動などからなっていた。抗争に敗れた彼らは、一部が非武装地帯に残留し、シャーム解放機構の指揮下で活動を継続する一方、主力部隊はトルコ占領地域に移動した。
シャーム解放機構はまた、シリア救国内閣(2017年11月に結成)を名のる集団に支配地域の自治を委託した。それまで各地の自治、治安、福祉を担ってきた地元評議会や自由警察は新たな秩序への対応に腐心した。唯一、ホワイト・ヘルメットだけがシャーム解放機構と行動を共にすると明言した。
イスラーム国が国家建設をめざしたのとは対象的に、シャーム解放機構は中央集権的な統治体制を確立しようとしない点で巧みだ。だが、最近では欧米メディアでも、イドリブ県が「シャーム解放機構の支配下にある」と報じるようになっており、この事実を踏まえることなくして、事態を的確に理解することはできなくなっている。