シリアのイドリブ県で戦闘が激化するなか、政府軍が再び化学兵器攻撃か?
欧米諸国に向けた悲痛な叫び
とはいえ、日本や欧米諸国では、イドリブ県に対するシリア・ロシア軍の攻撃は大きく報じられてはいない。これらの国が、好むと好まざるとにかかわらずアル=カーイダを支援してきた自らの過去を清算しようとしているからだ――そうした穿った見方をするかどうかはともかく、イバー・ネットの報道は、シリアの惨状に目を向けるよう訴える悲痛な叫びに見える。なぜなら、2017年4月と2018年4月のシリアに対する米国(そして英国、フランス)のミサイル攻撃を思い起こせば明らかな通り、欧米諸国が、反体制派の救世主よろしく、シリア政府に対して強硬な対応をとるきっかけ(口実)は、化学兵器しかないからだ。
イバー・ネットは、イスラーム国に近いアアマーク通信と同じくプロパガンダ機関で、発信する情報には疑わしいものが多い。シリア軍総司令部とロシア国防省は、報道内容が事実ではないと即座に否定している。また、欧米諸国の主要メディアも真剣にとりあおうとはしていない。
真相は依然として闇のなかだ。だが、これまでの経緯を踏まえた場合、仮にシャーム解放機構がウソをついている、あるいはシリア軍が塩素ガスを使用したと見せかけていたとしたら、それは、欧米諸国に対してこれまでと同じように厳しい対処で望むことを誘う動きだと解釈できよう。
一方、シリア軍が使用した場合のメリットについて考えることも無意味ではない。シリア軍が実際に攻撃を行っていたとするなら、それは、欧米諸国の限定的介入の無意味さ、そしてシャーム解放機構との結託を印象づける狙いがあると言え、それはそれでシリア政府にとっては都合が良いからだ。
化学兵器使用疑惑が再浮上することの意味
シリアでの化学兵器使用疑惑をめぐっては、最近になって、2018年4月のダマスカス郊外県ドゥーマー市での事件にかかる化学兵器禁止機関(OPCW)の機密文書(エンジニアリング・アセスメント)がリークされている。
OPCWは2019年3月に発表した最終報告書(S/1731/2019)のなかで、塩素ガスと思われる有毒物質を装填したシリンダーが使用されたと信じるに足る「合理的根拠」(reasonable grouds)があると結論づけるとともに、このシリンダーが空中から投下されたと指摘、シリア軍による関与を示唆していた。だが、リークされた機密文書は、塩素ガス攻撃に使用されたとされるシリンダーは、その軽微な損傷ゆえに発見現場に「手作業で置かれた」(manually placed)可能性が高いと指摘していたのである。
最終報告書に盛り込まれることのなかったこの文書をリークしたのは「シリア、プロパガンダ、メディアに関する作業グループ」(Working Group on Syria, Propaganda and Media)で、シリア軍の化学兵器使用について疑義を呈してきたジャーナリストのヴァネッサ・ビーリー氏らが参加する組織だ。「アサド政権支持者」との非難を浴びるグループが発信源で、機密文書を作成したというイアン・ヘンダーソン氏なるOPCWの重鎮が、現地調査団ではなかったとの情報が錯綜するなかで、機密文書が偽者だとする見方も散見される。
真偽はともかく、ラタキア県での塩素ガス使用疑惑であれ、OPCW機密文書であれ、シリアで使用される化学兵器は、軍事的効果以上に政治的効果を狙ったものであることだけは、誰の目にも明らかだ。そして、こうした効果が期待されるのは、常に反体制派が窮地に立たされている時であり、紛争の当事者たちは、こうした状況下で、化学兵器使用(疑惑)にさまざまな政治的意味を与えようと躍起になっているようである。
<ヤフー個人より転載>