ミャンマー、ロヒンギャ迫害取材の記者2人釈放 大統領恩赦はスー・チー苦肉の策か
上告棄却で実刑判決が確定、服役
禁固7年の実刑判決や裁判の進め方を不服とする被告弁護側は最高裁判所に上告。上告を受けたミャンマー最高裁は2019年4月に下級裁判所の実刑判決を支持する判断を示し、上告棄却によって2記者の実刑判決が確定していた。
こうした一連の公判の進め方や判決にはロイター通信をはじめとする各国の報道機関や人権保護団体からミャンマー政府への批判が一斉に高まり、スー・チー顧問の指導力を問い直す国際世論も拡大していた。
さらにはミャンマー国内からも2014〜16年まで元情報相の職にあり、国軍高官でもあったイエ・トゥッ元陸軍中佐が実刑判決に異を唱え裁判のやり直しを求めるなど波紋を広げていた。
問われたスー・チー顧問の政治指導力
スー・チー顧問はこの裁判を「表現の自由の問題ではなく司法の問題である」「判決は司法の判断である」として政治による介入を避けていたが、こうした姿勢はロヒンギャ族への迫害とそれによる約70万人といわれる大量難民化問題とともに、国際社会におけるミャンマーの孤立やスー・チー顧問が受賞したノーベル平和賞(2009年)の返上要求などの反発を招く一因ともなっていた。
恩赦は、ミャンマーで元日にあたるこの時期の伝統的な慣習の一環で、今回は約6500人の服役囚が対象となり、ロイターの2記者もその中に含まれた。
500日以上にわたる身柄拘束と服役から一転、即日釈放された2記者は多くの記者仲間に迎えられながら刑務所から出所。ロイター通信に対して「家族や支援者の仲間に会えることは本当に幸せである。そして早く編集室に行きたい」と語った。一方、これまでのところ2記者の釈放に関してミャンマー政府側のコメントは発表されていないという。
2記者を釈放したことでミャンマー政府はとりあえず国際的な批判の矛先をかわしたといえるかもしれない。しかし、大統領の恩赦という形式での釈放は裁判の過程やその判決の正当性には関係がないことから、スー・チー顧問が繰り返し主張してきた「司法の独立性」と「国際世論」の板挟みの中での「苦肉の策」での政治判断があったとの見方が有力視されている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など