天安門事件とライカ、中国人の「民度」を高めようとした魯迅
それでも革命を志す留学生の心情を思いやり、「教育とは『公理』を教え、民度の向上を最優先にすべきである」と説いた。その嘉納の言葉に影響を受けた魯迅は、中国人の「奴隷的根性」を治し、「民度」を高めることが大切だと考えて、「中国人の意識改革」を行おうと文芸を志したのである。
現代の中国では、経済発展したとはいえ、未だに国民の「民度」の低さが問題視されている。ということは、「中国の国民性」は100年前も経済発展した現代もあまり変わっていないということだろうか。
思えば有史以来、中国では一度も「公理」を重んじる教育が行われてこなかった。ここ100年を振り返っても、革命に次ぐ革命で国家が生み出されてきた経緯のなかで、「国家」は最優先に位置づけられ、愛国教育の美名の下に、政権に都合の悪い情報は遮断され、国家に盲従する国民を育てることばかりに腐心してきた。魯迅が大切だと考えた「国民」に視点を置き、国民が幸福になるような社会教育は行ってこなかったのである。
それが天安門事件のような国民の反発心と政府批判を爆発させてしまう結果に繋がったことは自明の理だろう。中国のことは100年見なければ分からない。一朝一夕では変わらない国なのである。だから100年前の人間ドラマを紐解けば、現在の中国の本質が分かり、日中関係を知ることにも役立つはずである。
『戦争前夜――魯迅、蒋介石の愛した日本』
譚璐美 著
新潮社
[筆者]
譚璐美(たん・ろみ)
作家。東京生まれ、慶應義塾大学卒業、ニューヨーク在住。日中近代史を主なテーマに、国際政治、経済、文化など幅広く執筆。『中国共産党を作った13人』、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』(ともに新潮社)、『中国共産党 葬られた歴史』(文春新書)、『江青に妬まれた女――ファーストレディ王光美の人生』(NHK出版)、『帝都東京を中国革命で歩く』、『近代中国への旅』(ともに白水社)など著書多数。
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