国籍売ります──国籍という不条理(1)
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<国籍を「売って」いる国もあり、地中海の小国マルタでは約1億5000万円で買えるという。昨今「二重国籍」を認めるべきであるという議論が高まっているが、二重国籍容認論は安全保障環境の変化と無縁ではないことを田所昌幸・慶應義塾大学教授は指摘する。論壇誌「アステイオン」89号は「国籍選択の逆説」特集。同特集の論考「国籍という不条理」を3回に分けて全文転載する>
国籍売ります
日本のパスポートは世界最強。カナダのとある民間企業であるヘンリー・アンド・パートナーズ(Henley & Partners)社の最新の格付けによると、日本人はシンガポール人と並んで世界の一八九カ国にビザなしで渡航でき、二位のドイツ(一八八カ国)、三位のデンマーク、イタリア、スペイン、フランス、フィンランド、スウェーデン、韓国など(一八七カ国)をわずかに上回って、第一位とされた(1)。私自身も、海外の出入国検査で、日本国籍であるという理由だけで恩恵を蒙っているのであろう。パスポートの表紙を見せただけで「もう行っていい」という態度を採られた経験を何回もしたことがある。
世界を忙しく旅行する多国籍企業の社員などにとっては、移動が容易なことは仕事に直結する話なので、こういった指標を参考に都合の良い国籍を取得しようとする需要があるだろう。そしてそのためのコンサルティングは立派な商売になっている。もちろん海外旅行の容易さだけが国籍選択の基準ではなかろう。そのため、同社はさまざまな要素を勘案して、国籍品質指標(Quality of Nationality Index)を毎年作成している。それによると日本のランクは一位のフランスからぐっと下がって、クロアチアの次の二九位とされている。
グローバルな国籍市場で人気銘柄は、たとえばマルタの国籍である。東地中海、イタリア南端のシチリア島から一〇〇キロたらずのところに浮かぶマルタはフェニキア人、カルタゴ人、ローマ人、アラブ人、そして聖ヨハネ騎士団など多様な勢力が交錯してきた歴史を持つが、一九世紀以降ここを支配してきたイギリスから一九六四年に独立した。
人口わずか四〇万人あまりだがれっきとした独立国であるマルタは、二〇〇四年にはEU加盟も果たした。気候は温暖で、税金は低く、通貨はユーロで、英語も公用語の一つである。そしてこの国の市民となればEUのパスポートが取得でき、それによってヨーロッパ内はもちろん、世界中の多くの国にビザなし渡航が可能だし、EU内で自由に仕事に就くことができる。おまけにマルタは重国籍を認めているので、すでに持っている国籍を離脱する必要もないし、国籍を取得したからといってマルタに永住する必要さえもない。