拘束のサウジ女性は強制送還から一転、難民審査へ 事態急転の背景にタイ軍政の思惑?
タイとサウジに亀裂を残した「ブルーダイヤモンド事件」
今回のクヌンさんの亡命事件の背景には、単に人権問題だけではなく、タイとサウジの微妙な両国関係が影響しているとの見方が有力だ。
サウジはタイとの間で正常な国交関係を維持していない。その原因は「ブルーダイヤモンド事件」と称される事件にある。1989年サウジ王族の宮殿で庭師として働いていたタイ人労働者が宮殿の宝石多数を盗んだ。その宝石の総額は2000万ドル(約23億円)といわれている。
犯人はタイに帰国後、タイ警察によって逮捕され、裁判で有罪となり禁固5年の刑に服した。宝石は逮捕前にすでに売りさばかれていたが、タイ当局が回収してサウジ王族に返還された。これで一件落着、のはずだった。
ところが返還された宝石の大半が模造品と判明、サウジ政府は外交官などをタイに派遣して捜査をしようとしたが、その外交官3人はタイで殺害されてしまった。
盗難被害にあった宝石の中には価格が付けられないといわれた50カラットのブルーダイヤモンドが含まれ、現在に至るまで行方不明であることからこの一連の騒動は「ブルーダイヤモンド事件」と呼ばれている。
サウジ政府は真相解明、宝石返還を求めてタイから大使を召還、通常の外交関係とは異なる事態が続いており、今回のクヌンさんの亡命事件でもサウジ側の当局者が大使ではなく、臨時代理大使であることもそうした両国関係の反映だ。
宝石が当時のタイ警察関係者に渡ったとの未確認情報もあり、サウジとタイは微妙な外交関係の中にある。サウジではタイへの渡航は制限され、直行便もない状態が続いている。また第三国経由でタイに渡航したサウジ国民は帰国後に厳しい尋問と罰金が待っているといわれている。
今回の事件で当初、クヌンさんのサウジ送還を示していたタイ政府が、急転直下「人権」を錦の御旗にしてUNHCRの介入を許したのはこうした歴史的経緯が背景にあった。
さらにこの「人権外交」は、プラユット首相が2月に実施を示唆している民政移管の総選挙に向けて、現軍政が「人権に配慮する」立場を内外に宣伝する機会として利用した、との見方も強まっている。突然降ってわいた人権問題を、国際的に「タイは人権尊重国家」をアピールする絶好の機会に利用したというわけだ。
今回の事件では、絶対王政で女性の権利を著しく制限しているサウジが、融通無碍で柔軟なタイに「1本取られた形」となり、東南アジア各国や人権保護団体、女性団体などは喝采をタイに送っているという。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら