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不動産価値の低下を住民が懸念するのは悪なのか? ルソーで読み解く南青山児相問題

What Would Rousseau Think of the Aoyama Children Center?

2018年12月27日(木)14時00分
仲正昌樹(金沢大学教授)

ごく少数の当事者の利益にとってのみ都合がよく、他人には害にしかならない意見なら、次第に淘汰されていく。そうやって公共的な意見に基づく決定が可能になる。それがロールズなどの言う「熟議民主主義」だ。

特定の有力者や集団によって意見の自由な流通が妨げられるかもしれない。それをどう補正するか考えるのが政治理論の課題だ。一部の人の物言いがあまりに利己的で、品格に欠けるということで、その種の発言を封じようとするのは「一般意志」を押し付ける発想だ。

かき消された冷静と不信

南青山の問題にしても、「おかしな意見だから」と批判するのであれば、健全な民主主義の発想だ。一方、「地元住民や区の土地利用に関する利害関係者であったとしても、自己中心的な意見は口にすべきでない」という前提で責めているとしたら話は違ってくる。

実際、メディアの有識者やネット民のほとんどが、「地域に児童相談所を造ることは人権意識を持つ人なら当然受け入れるべき正義」であり、「反対するのは人間的にあり得ない住民エゴにほかならない」と断言している。

不謹慎と言われるだろうが冷静に分析するために、沖縄普天間基地の辺野古移設問題と比較してみよう。反対する「沖縄県民」のことを住民エゴと非難する声は、一部のネット右翼を除いてはそれほど強くない。沖縄県民「全体」が移設問題の当事者性を持っているかという問題は、ここではあえて考慮に入れない。

辺野古と南青山の2つの例は根本的に違うとみる「常識人」の前提について考えてみよう。

1、沖縄での米軍基地の必要性自体に疑問を持つ人が少なくないのに対し、港区に児童相談所がいらないと主張する人はほとんどいない。

2、沖縄県民は日米安保の負の重荷を背負わされている被害者であるのに対し、南青山の住民は金持ちでおごり高ぶっている。

3、米軍基地の場合は周辺住民が危険にさらされ、生活環境や自然の生態系が悪化する可能性が高いのに対し、児童相談所はそうとは思えない。

1、については争いの余地はなさそうだが、2、はどうだろうか。テレビでは住民説明会で下品な怒号を上げる人たちばかりに注目が集まった。ただ実際には「建設予定地が施設にとって場所的・環境的に適切なのか」「商業地であるため、建設時に余分な費用がかからないか」といった冷静な疑問の声も上がっていた。それが報道ではエゴむき出しの発言に注目が集まり、冷静な意見の存在がかき消されてしまった。

3、はどうか。児童相談所は基地に比べて住民に被害を与える可能性は著しく低い。だが触法少年の保護などの際、本当に問題はないのかについて、区は住民に説明する義務がある。

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