米軍撤退決定は、シリアにとってどういう意味を持つのか?
むろん、イスラーム国は根絶された訳ではなかった。彼らはダイル・ザウル県南東部(ハジーン市、シャアファ村、バーグーズ村など)で活動を続けていた。SDFが今年9月に「テロ駆逐の戦い」と銘打って掃討戦を開始すると、有志連合はこれを支援し、連日にわたって大規模な爆撃を行い、多くの民間人が巻き添えとなり死傷した。だが、イスラーム国の支配地域は消失しなかった。ロシアやシリア政府は、米国が55キロ地帯とSDF支配地域にイスラーム国を匿い、混乱を長引かせ、シリアに居座ろうとしていると疑った。
こうしたなか、トランプ政権内では、シリア駐留の新たな根拠を強調する声が高まっていった。国防総省や国務省の高官は、米軍撤退に踏み切ろうとするトランプ大統領を説得する一方で、イランの存在を強調し、その脅威を排除するまで、シリアに留まると主張するようになった。米軍は当面シリア駐留するというのが大方の見方だった。だが、トランプ大統領が政権内の意を酌むことはなかった。
トランプに「背中を刺された」クルドSDF
シリアからの米軍の撤退を示すような動きは今のところ確認されておらず、実際に撤退するかどうかも定かではない。米国は依然としてユーフラテス川以東地域と55キロ地帯の制空権を握っており、イスラーム国だけではなく、シリア軍や「イランの民兵」(イラン・イスラーム革命防衛隊や同組織の支援を受けるレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊など)に国際法上根拠のない爆撃を続けることで、影響力を行使するだろう。
とはいえ、米国の軍事プレゼンスの低下がシリア情勢にどのような変化をもたらすのか、あるいは米国の存在が現下のシリアにどのような問題を引き起こしているのかを確認することは無意味ではない。
SDF、そして米国と共にシリアに部隊を駐留させてきたフランスは、米軍が撤退すればイスラーム国が勢力を盛り返すと警鐘を鳴らす。また55キロ地帯で活動する反体制派やシャーム解放機構に近い活動家も、シリア政府とロシアの進攻に警戒感を強めている。だが、こうした懸念が現実のものとなり、「今世紀最悪の人道危機」が再来するとは考えられない。なぜなら、米軍の駐留には、何よりもまずSDFに対するトルコの攻勢を抑止する効果があったからだ。
トルコは、クルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲むPYDを「テロ組織」とみなし、これを排除するとして、3月までにアレッポ県マンビジュ市一帯を除くユーフラテス川以西の国境地帯を実質占領していった。また米国に対して、SDFへの支援を中止するよう求めてきた。
トルコを宥めるかのように、米国(CIA)は1月、PYDを「外国を拠点とするテロ組織」に指定、6月にはトルコ政府とマンビジュ市一帯地域の処遇にかかる行程表を策定し、同地で合同パトロールを開始した。だが、トルコはYPGを退去させるという誓約を米国が履行していないと主張した。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は12月12日、ユーフラテス川以東の国境地帯に進攻するための作戦準備を完了したと発表、トルコが支援する反体制派と共に臨戦態勢に入った。
米軍は国境地帯に監視所を設置し、衝突回避を試みた。だが、トランプ大統領は14日、エルドアン大統領との電話会談でシリアからの撤退を決心した。
SDFは、国境地帯に飛行禁止空域を設定し、トルコの侵入を阻止するよう有志連合に呼びかけた。また、トルコに国境地帯を奪われれば、ダイル・ザウル県でのイスラーム国との戦いに支障が生じるだけでなく、収監中のイスラーム国のメンバーを拘束できなくなると「脅迫」した。だが、トランプ大統領がこうした訴えに耳を傾け、トルコ軍侵攻への青信号を撤回するようには思えない。SDF消息筋は19日、「背中を刺された」と述べ、不快感を露わにした。