米軍撤退決定は、シリアにとってどういう意味を持つのか?
シリア政府との連携強化を模索するSDF
米軍の駐留には、SDF支配地域と55キロ地帯に対するシリア政府の圧力を回避する効果もあった。それゆえ、米軍の撤退によって、両地の勢力図が書き換えられる可能性は高いが、SDF支配地域に限って言うと、大規模な武力衝突が起きることはないだろう。なぜなら、シリア政府とSDFは、アル=カーイダ系組織を含む反体制派やイスラーム国と対決するなかで、戦略的関係を深めてきたからだ。
両者は2018年7月に代表者会合を行い、SDF支配地域にあるルマイラーン油田(ハサカ県)やタブカ・ダム(ラッカ県)の共同管理、ハサカ県産原油のシリア政府支配地域での精製、ハサカ市とカーミシュリー市(ハサカ県)での合同検問所の設置など、経済、治安面で関係を強めるようになっている。協議は、自治や分権制をめぐる意見の対立を理由に中断してはいる。シリア政府が中央集権体制のもとでの地方自治拡大を主唱する一方で、SDFは連邦制(ないしは連合制)への体制転換を求め、ロジャヴァ(西クルディスタン移行期民政局)に代わる新たな暫定自治政体「北・東シリア自治局」を樹立することで対抗したからだ。
しかし、米国の後ろ盾がなければ、SDFがこれ以上強気に出ることはできない。SDF報道官が21日、「米国がいなくなればシリア国旗を掲げる」と述べたことからも明らかな通り、トルコの軍事的脅威が高まるなか、SDFは既得権益を維持するためにシリア政府との連携強化を模索するしかないからだ。しかも、シリア政府がトルコの侵攻を黙認することの見返りを得ようとしているため、この選択はSDFに少なからぬ代償を払わせることになるだろう。
その見返りとは、イドリブ県にある反体制派支配地域である。同地をめぐっては、ロシアのヴラジミール・プーチン大統領とエルドアン大統領が2018年9月に、反体制派支配地域との境界部分に非武装地帯を設置し、(反体制派の)重火器の撤去とシャーム解放機構などの「テロ組織」の排除を進めたうえで、アレッポ市とラタキア市、そしてハマー市を結ぶ高速道路を再開することに合意した(拙稿「シリア反体制派の最後の牙城への総攻撃はひとまず回避された:その複雑な事情とは」を参照)。
イドリブ県におけるシリア政府の支配回復が、この合意の中長期的な目標だが、その成否は、トルコが和解を拒否する反体制派を同地から退去させられるかどうかにかかっている。トルコが反体制派と共にユーフラテス川以東の国境地帯で軍事作戦を行おうとしているのは、実はイドリブ県に代わる「新天地」を反体制派に用意するためでもあり、ロシアもそのことに異論を唱えてはいない。
イスラエルとイランがシリアを主戦場として対立を深める....
一方、55キロ地帯に目を向けると、米軍の存在には、イランとレバノンのヒズブッラーの増長を抑えるという効果があった。タンフ国境通行所は、バグダードとダマスカスを結ぶ主要幹線道路上に位置しており、シリア政府が同地の反体制派を放逐すれば、テヘラン、バグダード、ダマスカス、ベイルートが陸路で結ばれ、「抵抗枢軸の大動脈」が出現することになる。
こうした状況に危機感を抱いてきたのがイスラエルだ。同国は「イランの民兵」を国境地帯から遠ざけることを強く主張し、2016年以降、シリア領内への越境爆撃やミサイル攻撃を繰り返してきた。イスラエルによる挑発は、2018年9月にロシアがシリア軍にS-300長距離地対空ミサイル・システムを供与したことで控えられている。だが、米大使館のエルサレムへの移転を断行するなど、親イスラエルで知られていたはずのトランプ大統領の独断により、イスラエルは安全保障上の脅威に晒されかねないのである。