最新記事

中東

新世代の独裁者が跋扈する「アラブの冬」がやって来た

The New Arab Winter

2018年10月19日(金)14時00分
エバン・ヒル

エジプトとの長年の関係を断絶するわけにいかない米政権は、シシの軍事政権を既成事実として受け入れた。ムスリム同胞団をテロ組織と見なすサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は、これを機に彼らを「根絶すべき」だと米政権に主張。シシはそれを実行し、同胞団支持の市民ら数百人を虐殺した。

アサドの化学兵器使用に際して、オバマは軍事介入の決断を議会に委ねた。結局、その後何年も化学兵器攻撃は続いた。同時にオバマ政権はシリア反体制派に水面下で最低限の支援を続けたが、これは内戦の泥沼化を招いた。オバマはアサドの正統性を否定し、退陣すべきと発言したが、その一方でアメリカの政策がそれを不可能にした。

アメリカがアラブの春の「死」を黙認した背景には、2つの要因があった。1つはオバマ政権中枢に広がっていたシニカルな現実主義。もう1つは、アラブの春を自国の体制への脅威と見なすサウジアラビアとUAEからの猛烈な圧力だ。

両国政府はシシとその支持者らに巨額の資金援助をするなど、あらゆる手を駆使してエジプトの民主化運動を妨害した。アラブの春とそれによって力を得たイスラム勢力への嫌悪感を募らせるあまり、ムスリム同胞団に対するオバマ政権の生ぬるい寛容ささえ陰謀だと糾弾した。

だが、その指摘は間違いだ。アラブの春が吹き荒れた11年はアメリカがアラブ世界との関係を見直す歴史的なチャンスだったし、13年は中東における新たな独裁者の台頭を食い止める最後のタイミングだった。

しかし、オバマ政権はどちらのチャンスも逃した。オバマは09年にカイロ大学での演説でイスラム世界とアメリカの関係の「新たな始まり」を呼び掛け、世界各地で人権擁護を訴え続けたが、結局は現実主義に甘んじてしまった。

国家の悪行を見逃すな

15年にムハンマドがイエメンへの空爆を始めたときも、オバマ政権はサウジ側を支援した。いま思えば、ムハンマドの危険な暴走の最初の兆候だった。

一方、ドナルド・トランプ米大統領は娘婿でムハンマドと強い絆を持つジャレッド・クシュナー上級顧問のルートを介して、安定した関係を確保することに専心してきた。昨年11月にサウジ当局がレバノンのサード・ハリリ首相の身柄を一時拘束した際も、女性の運転解禁に先立って人権活動家らが弾圧された際も、米政府が失望を表明することはなかった。

サウジアラビアが国外で亡命者の身柄を拘束して自国に連れ帰る行為を長年繰り返してきたことについてさえ、アメリカは見て見ぬふりをしてきた。カショギも誘拐の最中に手違いで殺害されたとの指摘があるが、これまでの経緯を考えれば、そうした事態は予測できたはずだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中