最新記事

マレーシア

拘留の亡命ウイグル族を釈放 マハティール首相、中国の強制送還要求を事実上拒否

2018年10月17日(水)11時27分
大塚智彦(PanAsiaNews)


今回のウイグル族10人が以前拘束されていたタイのメディアも、マハティール首相の対応を伝えた。 Asia Times Online / YouTube

経済、人権問題で中国と一線を画す

ウイグル族支援団体などによると、マレーシアのみならず海外で拘束されたウイグル族が中国に強制送還された場合、収監されて拷問などの厳しい措置が待ち構えており、行方不明になったり殺害されたりする事例も多く報告されているという。

マハティール首相が自らの後継首相として内外に明らかにしているアンワル・イブラヒム元副首相は米メディアのブルームバーグとのインタビューで「中国に対して公式に少数イスラム教徒の問題、秘密収容施設の問題などで協議を呼びかけているが、中国側は内政問題であるとの立場を崩さず、協議に応じる姿勢を示していない」ことを明らかにしている。

マレーシアはイスラム教国で中国新疆ウイグル自治区のイスラム教徒への人権弾圧、差別問題に関してはとりわけ関心が強い。さらにミャンマーの少数イスラム教徒のロヒンギャ族に対して「国軍による民族浄化」と国際社会が指摘する人権侵害についても強い関心とロヒンギャ族支持を表明するなど、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でもインドネシアと並んで存在感を示してきた。

特に対中国ではカンボジアやラオスなどのASEAN加盟国が親中国路線を続ける中、マハティール政権は「中国の一帯一路政策は所詮中国の利益最優先である」と見抜き、ナジブ政権下で進められた中国関連の巨大プロジェクトなどの見直し、中止を次々と進めている。

それだけに今回のウイグル族の中国への強制送還拒否という断固としたマレーシアの姿勢は中国に対し経済だけでなく人権問題でも毅然とした態度で臨むというマハティール首相の姿勢を内外に示したものといえる。

今回の措置を受けて今後ミャンマーやラオス、タイを経由して最終的にマレーシアを目指すウイグル族が増えることも十分予想されている。

また、逆に中国国境で中国官憲による不法出国の摘発強化、さらに親中国のラオスやカンボジア、ミャンマーなどに対する中国からの「発見、拘留したウイグル族の中国への強制送還」要求がさらに強いものになる可能性も指摘されており、国際社会が解決への道筋を提示することが早急に求められている。

otsuka-profile.jpg[執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



ニューズウィーク日本版 最新10/23号
特集:日本人がまだ知らないウイグル弾圧


中国共産党によって続くウイグル人の苛酷な強制収容── 世界はこの人権侵害からいつまで目を背けるのか

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中