シリコンバレーの異端児、マスクとテスラは成熟へと脱皮できるか
The Time to Grow Up
テスラをはじめ過去の起業でマスクは数々の試練を乗り越えてきた Lucy Nicholson-REUTERS
<シリコンバレーの寵児イーロン・マスクが歩んできた道のりとこれから迎える最大の試練。本誌10月2日発売号「イーロン・マスク 天才起業家の頭の中」特集より>
※本誌10/09号(10/02発売)は「イーロン・マスク 天才起業家の頭の中」特集。電気自動車、火星移住、地下高速トンネル、脳の機能拡張――「人類を救う」男のイノベーションが つくり出す新たな世界を探った。
電気自動車メーカー、テスラのイーロン・マスクCEOの周辺が騒がしい。と言っても以前のように、火星旅行とか、完全自動運転といった「壮大な夢」をブチ上げているからではない。テスラの経営をめぐって、マスク自身が迷走を見せているからだ。
47歳のマスクはシリコンバレーを代表するベンチャー起業家だが、出身は南アフリカで、大学進学のためにカナダの親族を頼ってアメリカへと渡った。若くしてプログラミングの才能を発揮し、28歳で後の「ペイパル」の原型となる電子送金プログラムを開発。ペイパルの創業者となった。
その後、ペイパルを売却した資金を元手に、ロケットの再利用と低コストを売りものにした民間の宇宙開発会社「スペースX」を創業。さらに自身が出資することでテスラの創業メンバーの1人となった。
マスクのベンチャー経営を見ると、2000年前後のペイパル初期においては、電子送金というアイデアがほとんど理解されていないなか、全く新しいビジネスの開拓者だったと言っていいだろう。スペースXにしても、民間の商用サービスとしてロケットを打ち上げるビジネスは、02年の創業時点では革命的だった。
マスクのコンセプトは明確で、衛星周回軌道に打ち上げる際に「1ポンド(約0.45キロ)」当たりのコストをいかに下げるか、そのためにロケットなどの再利用をどこまで可能にするかといった試みに真骨頂があった。スペースXでは、打ち上げ失敗事故を何度も経験したが、「再利用によるコストダウン」がビジネスの核心であるスペースXにとって、信頼性は生命線であり、マスクは事故のたびに徹底した検証と再発防止をアピールし続けた。
テスラの設立は03年で、5年後の08年には最初の電気自動車(EV)のスポーツカー「ロードスター」を発売して話題となった。その後、10年には米ナスダックに上場、量産車の「モデルS」「モデルX」を次々に市場に送り出した。このテスラのケースでも、EVをベースに、さらに完全自動運転を実現しようというコンセプトは、03年の時点では、誰も考えない革命的なものだった。
そのテスラがいま迷走している。問題は大きく3つある。1つは、生産体制の偏りだ。テスラの生産工程では、車両の大量生産よりもエネルギー源であるバッテリーの量産に関心が払われてきた。その一方で、車両そのものの量産体制は整っていない。例えば量産車の「モデル3」は受注に生産が追い付かず、ビジネスチャンスを大きく逸することになった。
2つ目は、その結果として出てきた資金繰り不安だ。今年4月1日の「エイプリルフール」にマスクが「テスラ破綻」という「悪い冗談」をツイートし、これが市場から不評を買う出来事があった。もっと深刻なのは、マスクが8月7日に流したツイートだ。この中でマスクは、テスラの上場廃止を示唆。市場は「プレミアムを乗せての買い取り」への期待が高まるなど混乱し、テスラ株は乱高下した。
だが、これは違法な株価操作と言われても仕方がない行為で(この件で米証券取引委員会は、9月27日にマスクを証券詐欺罪で提訴。その後、マスクが罰金を支払いテスラ会長職を退任することで両者は和解)、マスクはこの発言をすぐに撤回。しかしより深刻なのは、この騒動でテスラが安定したキャッシュフローを維持していないという懸念が広がってしまったことだ。