最新記事

BOOKS

いじめで「死ななかった子」と親を取材して分かったこと

2018年8月24日(金)18時36分
印南敦史(作家、書評家)

ただしそれだけではなく、震災による精神的ショックを心配していた母親が、福島から避難した当初からFくんに対して「つらくなったら学校を休んでいい」と伝えていたことも大きかったようだ。

震災は大きなトラウマになっていたはずだし、いじめの苦しさもあって家で暴れることもあったため、母親は「絶対にこの子は守らなきゃ」と思っていたのだという。そしてFくんも、母親の「行かなくていい」という言葉を聞いた当時、「ほっとした」と話す。

「逃げてもいい」「休んでもいい」という安心感が、Fくんの「ぼくはいきるときめた」の根底にあるということだ。

本書の第一章から第五章には生々しいいじめの実像が浮き彫りにされているだけに、ときに読み進めることをつらくも感じる。だが、われわれ大人は、決してそこから目をそむけてはいけないはずだ。そして、そのうえで第六章「いじめから抜け出す」、第七章「親でも実践できるカウンセリングマインド」を読み、「もしものとき」のための知識をつけておくべきだ。

全てを紹介することはできないが、子どもの発する小さなSOSに気づくためのきっかけとして紹介されている「子どもの変化に気づく、十一のきっかけ」を抜粋しておきたい。上記のNさんの長男の件で母親が書き留めておいたことと重複する部分はあるが、参考にする価値は十分にあるだろう。


一、友だちづきあいに、変化はないか
二、身体にアザやケガが増えていないか
三、服がやぶれたり、汚れたりしていないか
四、持ち物が壊れたり、落書きされていないか
五、怒りっぽくなってイライラする、集中力がなくなる
六、自信を失った様子で「どうせ僕(私)なんか」とか「学校に行きたくない」などと言う
七、急に甘えてきたり、赤ちゃん返りをする
八、食欲がない。夜、よく眠れていない
九、金がなくなる。金の使い方が変わる
十、電話で呼び出されている。塾や習い事を、黙って休む
十一、周囲からの情報(196〜199ページより抜粋)

いじめの形態はさまざまで、どう対応すべきかも千差万別。だからこそ大人は、まず子どもたちをよく見ることから始めることが大切だ。現代の母親は忙しいため、「よく見る」ことは簡単ではなくなっている。しかし、そんななかでも、たとえ短い時間でも目を凝らし、心を澄まし、子どもたちをしっかり見つめることが大切。そして、そんな親たちを社会で支える仕組みが必要。

著者のそんな主張には、大きく共感することができた。そして、われわれ大人たちが本書から学ぶべきことはとても多いとも感じた。


『いじめで死なせない――子どもの命を救う大人の気づきと言葉』
 岸田雪子 著
 新潮社

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。新刊『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中