最新記事

シリア情勢

「シリア革命」発祥の地の報道されない惨状と、越境攻撃するイスラエルの狙い

2018年7月19日(木)19時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

5月9日にダルアー県の国境地帯を掌握したシリア軍は、ロシア軍とともにシャーム解放委員会が活動を続ける「死の三角地帯」(ダマスカス郊外県、クナイトラ県、ダルアー県の県境一帯)や、ハーリド・ブン・ワリード軍支配下のヤルムーク川河畔地域への爆撃・砲撃を激化させ、ゴラン高原に向けて進軍を続けた。

イスラエル軍は7月11日と13日、シリア軍の無人航空機がゴラン高原上空を「侵犯」したとして、パトリオット・ミサイルで撃破、クナイトラ県のシリア軍拠点複数カ所を爆撃した。だが、実質的な報復は、シリア軍ではなく「イランの部隊」に向けられた。

イスラエルは15日、アレッポ市東部のナイラブ航空基地近郊にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の拠点とされる標的をミサイル攻撃したのだ。こうした行動は、イランの脅威に対するイスラエルの断固たる姿勢を示しているように見える。だが、実際には、ゴラン高原から500キロ以上も離れた無関係な場所を狙うことで、シリア軍の進軍を黙認したようなものだった。

aoyama7.png

イスラエル軍がシリア軍の無人航空機を撃墜する映像(出所:https://twitter.com/AvichayAdraee/, July 11, 2018)

それだけはなかった。イスラエルはこれまで、負傷した戦闘員の国内への搬送や治療のほか、武器弾薬の供与を通じて反体制派を支援していた。だが、今回は、シリアからの難民流入を拒否すると強調することで、反体制派に対する門戸を閉ざした。イスラエルは、反体制派の退路を奪うことで、彼らにシリア政府と停戦するよう迫っているかのようだった。なぜなら、シリア軍と反体制派の全面軍事衝突を回避することが兵力引き離し地帯を維持し、シリア軍、さらには「イランの部隊」の浸透を抑止するうえで有効だったからだ。

シリア軍の進攻を受けて、3,000人からなる避難民が兵力引き離し地帯に殺到し、イスラエルへの入国を求めているとの情報が流れた。だが、欧米諸国の政府やメディアはまたしてもこの事実を大きく取り上げることはなかった。

アラブ・イスラエル紛争のロジックへの回帰

イスラエルは、シリアへの越境攻撃を繰り返すたびに、シリアの内政に干渉しないと強調している。だが、イスラエルは南西部の戦況にこれまでになく深く関与することで、シリア内戦に新たなパラダイムへの転換、ないしは古いパラダイムへの回帰をもたらそうとしている。

その古くて新しいパラダイムとは、アラブ・イスラエル紛争のロジックに他ならない。

シリア情勢においてイスラエルがプレゼンスを増すことは、シリア内戦における諸々のアジェンダを、失地回復(占領)やレジスタンス(テロ)といったアラブ・イスラエル紛争の大義のなかに埋没させることにつながる。そこでは、自由、尊厳、独裁打倒、人道尊重、主権尊重、化学兵器使用抑止、テロ撲滅といった理念は、もはや意味をなさない。アラブ・イスラエル紛争の当事者たちにとって、政治・軍事闘争を続けること自体が目的だからだ。

こうした古くて新しいパラダイムのなかで、少なくとも確実に言えるのは、イスラエルや米国にとって、シリア政府が、際限のない闘争のゲームを続けるうえで、イラン、ヒズブッラー、反体制派よりも「分をわきまえた敵」だということだ。また、シリア政府にとっても、イスラエルは「アラブの春」以来、シリアが向き合ってきたさまざまな問題を棚上げにする口実を与えてくれる「都合の良い敵」なのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

マスク氏、政権ポストから近く退任も トランプ氏が側

ワールド

ロ・ウクライナ、エネ施設攻撃で相互非難 「米に停戦

ビジネス

テスラ世界販売、第1四半期13%減 マスク氏への反

ワールド

中国共産党政治局員2人の担務交換、「異例」と専門家
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中