「シリア革命」発祥の地の報道されない惨状と、越境攻撃するイスラエルの狙い
5月9日にダルアー県の国境地帯を掌握したシリア軍は、ロシア軍とともにシャーム解放委員会が活動を続ける「死の三角地帯」(ダマスカス郊外県、クナイトラ県、ダルアー県の県境一帯)や、ハーリド・ブン・ワリード軍支配下のヤルムーク川河畔地域への爆撃・砲撃を激化させ、ゴラン高原に向けて進軍を続けた。
イスラエル軍は7月11日と13日、シリア軍の無人航空機がゴラン高原上空を「侵犯」したとして、パトリオット・ミサイルで撃破、クナイトラ県のシリア軍拠点複数カ所を爆撃した。だが、実質的な報復は、シリア軍ではなく「イランの部隊」に向けられた。
イスラエルは15日、アレッポ市東部のナイラブ航空基地近郊にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の拠点とされる標的をミサイル攻撃したのだ。こうした行動は、イランの脅威に対するイスラエルの断固たる姿勢を示しているように見える。だが、実際には、ゴラン高原から500キロ以上も離れた無関係な場所を狙うことで、シリア軍の進軍を黙認したようなものだった。
それだけはなかった。イスラエルはこれまで、負傷した戦闘員の国内への搬送や治療のほか、武器弾薬の供与を通じて反体制派を支援していた。だが、今回は、シリアからの難民流入を拒否すると強調することで、反体制派に対する門戸を閉ざした。イスラエルは、反体制派の退路を奪うことで、彼らにシリア政府と停戦するよう迫っているかのようだった。なぜなら、シリア軍と反体制派の全面軍事衝突を回避することが兵力引き離し地帯を維持し、シリア軍、さらには「イランの部隊」の浸透を抑止するうえで有効だったからだ。
シリア軍の進攻を受けて、3,000人からなる避難民が兵力引き離し地帯に殺到し、イスラエルへの入国を求めているとの情報が流れた。だが、欧米諸国の政府やメディアはまたしてもこの事実を大きく取り上げることはなかった。
アラブ・イスラエル紛争のロジックへの回帰
イスラエルは、シリアへの越境攻撃を繰り返すたびに、シリアの内政に干渉しないと強調している。だが、イスラエルは南西部の戦況にこれまでになく深く関与することで、シリア内戦に新たなパラダイムへの転換、ないしは古いパラダイムへの回帰をもたらそうとしている。
その古くて新しいパラダイムとは、アラブ・イスラエル紛争のロジックに他ならない。
シリア情勢においてイスラエルがプレゼンスを増すことは、シリア内戦における諸々のアジェンダを、失地回復(占領)やレジスタンス(テロ)といったアラブ・イスラエル紛争の大義のなかに埋没させることにつながる。そこでは、自由、尊厳、独裁打倒、人道尊重、主権尊重、化学兵器使用抑止、テロ撲滅といった理念は、もはや意味をなさない。アラブ・イスラエル紛争の当事者たちにとって、政治・軍事闘争を続けること自体が目的だからだ。
こうした古くて新しいパラダイムのなかで、少なくとも確実に言えるのは、イスラエルや米国にとって、シリア政府が、際限のない闘争のゲームを続けるうえで、イラン、ヒズブッラー、反体制派よりも「分をわきまえた敵」だということだ。また、シリア政府にとっても、イスラエルは「アラブの春」以来、シリアが向き合ってきたさまざまな問題を棚上げにする口実を与えてくれる「都合の良い敵」なのだ。